「牛を殺処分すれば1頭につき15万円を給付」…こんな補助金制度が3月1日からスタートした。
「数年前から叫ばれるようになった『牛乳余り』への対応のためです。『みんなで牛乳を飲みましょう』と声高に言われ出したのが21年12月のこと。特にコロナ禍で学校給食がストップしたり、外食を控えたりしたことで牛乳の需要が激減しました。以来、毎年、夏や冬に学校の休みの時期に生乳が余ってしまう事態となっています」(農水省担当記者)
生乳余りが深刻になったのを受け、農水省は昨年11月の補正予算で乳牛の殺処分の補助金を計上した。この補助金事業が3月からスタートしたのだ。
9月までは乳牛の殺処分で1頭当たり15万円、10月からは5万円が酪農家に交付される。
ことの起こりは14年にさかのぼるという。世間ではバターが不足して問題となった。そこで農水省は牧場の大規模化を推進したのだ。全国の生乳生産の半分を占める北海道では「メガファーム」と呼ばれる大規模牧場が増えた。ところが、そうして生産量も急激に増えた19年ころから、今度は逆に生乳が余り出して供給過多になってしまった。さらにコロナ禍で需要が落ち込むという悪循環に陥ってしまったのである。
「乳牛は、赤ちゃん牛が2年ほどすると子供を産めるようになり、人間と同じく10カ月ほど搾乳が可能になります。そして出産後はしばらく休ませてから、また子供を産ませる。この繰り返しをだいたい3回ほど行い、5、6年後には乳の出が悪くなるので、食肉に回されます」(前出・農水省担当記者)
今回の政策では、乳の出が悪い乳牛を早期に処分に回すというものだ。乳牛は乳を搾らないと病気になるので、余ることがわかっていても乳を搾らないといけない。すると搾乳した乳は捨てるしかないが、ただ捨てるだけの乳を出す牛を生かしておくことはムダなコストとなる。結果、殺処分するというわけだ。
「生乳が余っているのならバターなどの乳製品にすれば良い、と考える消費者もいるのですが、加工用の生乳は安い輸入品に負けないよう、卸値が飲用の半分以下なのです。酪農家は赤字になりかねず、また保管しておく倉庫もいっぱいで、どのみち行き場がないというのが現状です。結局、14年のバター不足の時に、酪農家の反対があって輸入を増やさず生乳の増産体制を取ったことがアダとなってしまったのです」(前出・農水省担当記者)
農水省のうたい文句では、この政策は「乳牛受給改善対策」といい、「(牛の)早期のリタイア」などという聞こえの良い文言が並ぶ。だが、要は「殺処分」に公金を投入するということ。後手後手に回った政策のツケは、結局、国民が負担することになったのだ。
(猫間滋)