テリー そういう厳しい状況の時って、監督はどんな心境なんですか。真中さんも似たような経験がありますよね。
真中 そりゃもう、最後の年に96回負けましたからね(苦笑)。借金も50ぐらいありましたし。
テリー 例えば、試合で負けた翌朝のスポーツ新聞なんて読めます?
真中 読みますよ。一般のファンと同じで、次の試合の先発を確認して「これだと、今日はどうやっても勝てないな‥‥」なんて思ったりなんかしてね(笑)。
テリー 書かれた記事でイライラしたりなんかして。
真中 負ければ負けるほど現場にカメラがいっぱい来ますから、むしろそっちのほうにイライラしていましたね(笑)。でも、そこで怒ったら、こちらの負けですから。「とにかく一試合一試合に全力を尽くそう」と、気持ちを切り替えるしかないですよね。
テリー ファンからはヤジられたりされなかったんですか。
真中 ヤクルトファンは温かいから、その辺りは大丈夫。もし阪神の監督が負けた夜に新地で飲んでいたら、文句を言われるかもしれないですけど(笑)。
テリー 阪神のファンはすごいからなぁ、僕だったらとても務まらないな。
真中 恐らく僕も無理でしょうね(笑)。ヤクルトはOBが優しかったですけれど、阪神はOBも厳しくて、チームだけじゃなくて周りも納得させないといけないから大変ですよ。
テリー 真中さんは、なんでヤクルトの監督になれたんですか。
真中 それは僕が聞きたいですよ(笑)。テリーさんはどう思われますか。
テリー いや、当然頭の回転がいいし、人格もあったと思うんですけれど。でもこれが巨人だと、そうはいかないじゃないですか。
真中 スーパースターじゃないと務まらないですね。僕の場合は、現役を辞めてすぐ2軍のバッティングコーチを2年、続いて2軍の監督を3年やらせてもらったあと、その流れで1軍の監督になったんです。
テリー 「なんとなく俺、監督になりそうだな」なんていう感じは、やっぱり伝わってくるものなんですか。
真中 いやいや、それはわかりませんでしたけれど、仮に監督の話があった時には、「やります!」とすぐ引き受けられるぐらいの状況は準備しておこう、とは常に思っていたので。選手時代に野村(克也)監督から「(野球を)見て自分で勉強しろ」と言われていたので、自分が監督になった目線で試合や選手を見る癖をつけていたんですよ。
テリー それはすごい。今は評論家の立場で、外部から野球を見るじゃないですか。一度監督を経験すると、また見方は変わるものなんですか。
真中 勝ち負けが絡まなくなったので、冷静に見られますね(笑)。あと相手の監督の心理状態や考えも理解できるようになりましたので、その分だけ目線の深みは増したんじゃないでしょうか。マウンド以外の野球の楽しさも見つけられて今とても楽しいんです。
テリー なるほど。
真中 あと、立場が変わるとカメラを向けていたマスコミの立場がわかるようになりました。ヤクルト時代に、もう少し協力的にできればよかったと、いまさら思ったりしますね。
テリー 当事者だと、そこまでの気遣いはなかなか難しいですよ。やっぱり真中さんは優しいなァ。