世界最大・仁徳天皇陵に「仁徳天皇は不在」/今から始める古墳入門(1)

 教科書などでお馴染みだった「仁徳天皇陵」は、長さ525メートル以上の、古墳時代を代表する「鍵穴」のような独特の形をした日本最大の「前方後円墳」である。しかし、現在は仁徳天皇の陵墓(りょうぼ)ではないことがわかり「大仙陵(だいせんりょう)古墳(大山(だいせん)古墳)」と呼ばれるようになっている。ではいったい誰の墓なのか。

 まずは日本史の教師でもあった歴史家の河合敦氏の解説によれば、

「古い教科書では、第16代天皇の陵墓で、『仁徳天皇陵』とされていましたが、生没年が不明の上、143歳で崩御したという『日本書紀』の記録も信じがたい。この古墳が仁徳天皇陵という証拠はないので、近年は地名にちなみ、『大仙陵古墳(伝仁徳天皇陵)』と記述しています。実は仁徳天皇陵は宮内庁が管理していて、明治の初期に調査されて以降は、立ち入りが一切禁止されているので、考古学研究が進まず、被葬者など、本当のところは何もわかっていないのです」

 研究者らが「見せてくれ」と要求しても難色を示す宮内庁。一旦決めてしまったので、引っこみがつかなくなっているのだ。河合氏は続けて、

「ただ、古墳は埋葬されている人物が1人とは限らない。大仙陵古墳も、少なくとも2人葬られていたことがわかっています。さらにもう1人いるという説を唱えている人もいますが、ではどの石室が仁徳天皇なのかとなると、わからないというのが現状のようです」

 陵の遥拝所前には、宮内庁管理を示す看板が立っている。

「2年ほど前に、宮内庁と堺市などの共同で、濠ほりと濠の間の堤の部分の試掘調査が行われました。掘ってみたら、やはりびっしりと石が敷き詰められていたことがわかり、直径35センチくらいの円筒埴輪も出てきた。すごい大王墓であることは間違いありません」(河合氏)

 古墳のイメージとして現代人に刷り込まれているのは、伝仁徳天皇陵に代表される、緑の木々に覆われた、こんもりとした丘陵のイメージだ。正にグリーンでエコの象徴のように見える。しかし、このような姿は建造当時の姿とは大きく違っていると、古墳研究の専門家である東京国立博物館研究員の河野正訓氏は語る。

「古墳というのは、土を盛って、埴輪を立てたり、葺石(ふきいし)という石を斜面に敷いていたりもするので、建造当時の姿と、現在私たちがイメージする緑の丘みたいなものとは、だいぶ違っているはずです」

 石が敷き詰められた斜面? それが最もわかりやすいのは、群馬県の保渡田(ほどた)古墳群の「八幡塚(はちまんづか)古墳」や神戸の「五色塚(ごしきづか)古墳」だという。無数の葺石に覆われた3段構造で、エジプトのピラミッドや、古代マヤ、アステカ文明の階段状のピラミッドの神殿などと似て、荘厳ではあるが、およそエコというよりは、人工物の無機質な印象すら受ける。1500年の間にいつしか木々が墳丘に覆い被さるように生い茂った結果が、〝緑の丘〟の正体なのだ。

 古墳の構造はどうなっているのだろう、再び河野氏に聞いた。

「大仙陵古墳は、宮内庁が管理。陵墓は基本的に発掘できないので、調査ができないのです。航空レーザーで調査した測量図はあるのですが、中のほうの状況とか古墳自体の構造がいったいどうなっているのか、まだわかっていないことが多いのです」

 しかし、天皇陵でも、誰でも自由に入ることのできる古墳もある、と河合氏が後を引き取る。

「宮内庁が管理する継体(けいたい)天皇の陵墓とされている『太田茶臼山(おおだちゃうすやま)古墳』(大阪府茨木市)は、宮内庁が絶対いじらせないのですが、そこからほど近いところに、まさに継体天皇が崩御した時期の古墳が見つかり、発掘された埴輪なども素晴らしいことから、実は継体天皇の本当の陵はこちらの『今城塚(いましろづか)古墳』(高槻市)のほうだと言われているのです。しかし、宮内庁は今城塚古墳を継体天皇の陵墓に指定していないので、天皇陵を自由に発掘・研究することができるし、2011年には、古墳の復元事業で、出土した様々な埴輪のレプリカなどが展示される芝生公園になっています」

 どうやらこちらは、ウレシイ勘違いといったところか。

河合敦(かわい・あつし)65年、東京都生まれ。多摩大学客員教授。歴史家として数多くの著作を刊行。テレビ出演も多数。近著:「絵画と写真で掘り起こす『オトナの日本史講座』」(祥伝社)。

河野正訓(かわの・まさのり)81年、山口県生まれ。東京国立博物館主任研究員。明治大学で考古学を専攻し、京都大学大学院の考古学専修。博士(文学)。専門は古墳時代の考古学。

まりこふん 古墳への愛を歌う古墳シンガー。2013年に「古墳にコーフン協会」を設立、会長を務める。著書に、「まりこふんの古墳ブック」(山と渓谷社)、「古墳の歩き方」(扶桑社)がある。

*「週刊アサヒ芸能」9月9日号より

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