大宮教授によれば、便移植でCD感染症患者の「物盗られ妄想」や「昼夜逆転症状」が改善したという。
「誤解のないよう申し上げておくと、便移植で認知症が治るというわけではありません。認知症とは、不可逆的な脳の変化が起きる疾患です。おそらくCDによる腸炎で脱水など全身状態の悪化を来し、それが認知症に似た『せん妄』状態を生じさせたと思われます。認知症と同じように話ができなくなり、食事も自力でとれず、物を盗られたなどの妄想が見られた寝たきりの患者さんにお孫さんの便移植をしたところ、移植から2週間後に自力でツエをついて歩けるようになった。その後、アメリカ大統領選挙など国際政治の話題で盛り上がるほどに認知機能が回復しました。今は退院され、自宅からデイサービスに通っておられます」
他にも欧米では潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患や過敏性腸症候群、肥満や糖尿病といったメタボリック症候群などの疾患に便移植の研究が進められているが、CD感染症に対するほどの顕著な有用性は示されていないという。
腸内細菌には先に挙げた「デブ菌」の他、「ヤセ菌」もあることが従来から知られている。CD治療で便移植を受けた患者の中に、肥満体型のドナーから移植されたあとに急激に太った者がいる、という副作用がアメリカで報告されている。ならば逆もしかり。
「大阪市立大学と東京大学医科学研究所の合同研究チームは、肥満や糖尿病の患者の腸内に多い腸内細菌を突き止め、その腸内細菌を抑制するワクチンを今年8月に開発、特許申請中と発表しました。ボケに続き、肥満を便移植で治す未来はそう遠くないのです」(医療ジャーナリスト)
欧米ではCD感染症に対する便移植のための「便バンク」が誕生するほど、便移植研究は盛り上がっている。だが、便移植が過熱するあまり、アメリカでは今年、薬剤耐性菌に汚染された便を患者に移植し、死亡例も出た。
日本の便移植の臨床研究を行っているのは大宮教授の藤田医科大病院の他、滋賀医大、順天堂大学順天堂医院、慶應大学病院の4施設だが、
「便移植には、どうしても未知の病原体が患者に感染するリスクがある。そのため万全を期して、便移植のドナー候補の方には便検査、血液検査、内視鏡検査を行い、薬剤耐性菌をはじめ、各種感染症や結核などの検査を行っています」(大宮教授)
こうした検査で合格が出たドナーにはその後、禁煙や禁酒、刺激物を摂らないなどかなり厳しい食事制限を課したうえで便移植となる。大宮教授の話を続ける。
「便移植は薬と違い、品質が均一でないことと、感染症のリスクが伴います。そのため、事前の検査に時間を要します。まだ保険承認された治療ではないので、当院では自費診療で約15万円ほどでドナー検査と便移植を行っています」
便移植の認可を受けている4施設では治療適応の病名が挙げられているので、興味のある人は参考にしてほしい。
欧米では便移植によるアンチエイジングや毛根の炎症抑制など、皮膚科疾患への応用研究も始まった。難病治療はもちろん、ボケ、デブの次に便移植がハゲを救う日も来るのではないか。