いよいよ2006年の悪夢が蘇るのか。イスラム教シーア派組織「ヒズボラ」の拠点があるレバノン南部で地上侵攻を続けていたイスラエル軍が、レバノンの軍の拠点を砲撃。レバノン軍は10月3日、この攻撃により南部にある駐屯地で兵士1人が死亡したと発表した。この発表が事実であれば、今回の地上侵攻で両軍の間に死者が出たのは初めてとなり、両軍による戦闘激化が避けられない状況になってきた。
レバノン保健省によれば、去年以降、イスラエル軍の攻撃による死亡者は子ども127人を含む1974人。9000人以上の市民が負傷したとしているが、イスラエルが地上侵攻に踏み切った背景を中東問題に詳しいジャーナリストはこう説明する。
「昨年10月から続くヒズボラの越境攻撃で、イスラエルでは北部の住民約6万人が避難を余儀なくされた。一方、パレスチナ自治区ガザでの停戦や人質解放もまったく見通しが立たず、避難生活が続く住民の不満は募るばかり。となれば、ネタニヤフ政権としては、政権の求心力と支持率を維持させるために、どんな手を使ってでもレバノン戦線で成果をあげ抑止力を回復しなければならない。結果、米国をはじめ停戦を促す国際社会の働きを無視する形で強硬な手段に踏み切ったわけなんです」
現地の報道によれば、当面、イスラエルが目標とするのは、地上侵攻でヒズボラが持つレバノン南部の兵器製造・保管拠点を破壊しヒズボラを国境北に追いやり、南部に「緩衝地帯を設けること」だと伝えられているが、
「ヒズボラは同じシーア派であるイランから全面的な支援を受け、20万発のミサイルやロケット弾を保有し、5万人超の戦闘員を誇る世界でも類を見ない非国家勢力です。それだけの兵士を空爆だけで壊滅させるのには当然限界があるため、地上戦に踏み切ったものの、南部の国境地域にはヒズボラが作った地下トンネル網が張り巡らされていることから攻略が難航。ここ数日の戦いぶりを見ても、イスラエル側に相当の焦りが生じていることが窺い知れますね」(同)
イスラエル軍は、あくまで今回の地上作戦は「限定的、局所的かつ標的を絞った」と強調しているが、「限定的」で始まった戦闘が、両軍兵士の死により激化し長期化していくことは、いわば戦争のセオリーだ。しかも、ヒズボラにはイスラエルの脅威を取り除くという「大義」があるため、連帯を示すイランや親イラン勢力による対抗措置も十分考えられる。
「だからこそ両者ともに、本格的な戦争になればどんな結末を迎えるかがわかっている。そのため両国はこれまで暗黙のレッドラインを設け国境地帯で小規模な戦闘を繰り返すにとどめてきた。しかし、このままイスラエルがレバノンでの地上侵攻を継続した場合、ヒズボラがイスラエルの戦略的要衝に数千発のミサイルを撃ち込むといったシナリオがないとは言い切れない。全面戦争になれば当然、レバノン、イスラエル双方とも壊滅的な損害を受け、最終的にイランとアメリカが引きずり込まれ直接対決ともなれば、中東全域が戦火にさらされることになるでしょう。しかも、2006年の両者における34日間に及ぶ軍事衝突の際もヒズボラはイスラエル軍に大規模損害を与えましたが、以降、イランと同盟国がイラクやシリア、 レバノンをつなぐ陸路の回廊を支配下に置いたため、ヒズボラへの武器供給は06年時点より数段容易になっているはず。つまり、仮に本格的な戦争に突入した場合でも、イスラエルがレバノンで戦闘を長期化することは難しい状況になっている。しかし、いったん戦争が始まれば、そんなことは言っていられない。どちらかが力尽きるまで戦闘が続くことになるでしょうね」(同)
中東諸国が今、両者の戦争回避方法を模索している。
(灯倫太郎)