石破総理の「アジア版NATO」シミュレーションで浮かび上がる“取り返しのつかない代償”

 総理の座に就いた石破茂氏だが、その発言で物議を醸しているのが「アジア版NATO」構想だ。

 中台関係は以前として冷え込み、台湾有事を巡る懸念は依然として根強く、最近では中国軍機が日本の領空を侵犯。緊張が走った。北朝鮮は核開発、ミサイル実験を繰り返し、最近ではロシアと軍事的な結束を深めており、日本周辺の安全保障環境は厳しさを増している。そう考えれば、日米同盟を超える規模のアジア版NATOの創設は魅力的に映る。

 しかし、これは返って日本の安全保障を脅かす恐れがある。アジア版NATO創設となれば、それに加盟するのは米国、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、フィリピンなどとなり、そういった国々が相互防衛を前提に条約を結び、それぞれの安全保障を担保することになる。しかし、加盟の段階で問題が発生するだろう。

 1つに、韓国は日本との間で相互防衛を前提とした軍事条約の締結に難色を示すだろう。仮に朝鮮戦争となれば、アジア版NATOの加盟国は集団的自衛権を行使することになるが、米軍やオーストラリア軍はともかく、自衛隊が韓国の地に上陸し北朝鮮と交戦する姿に多くの韓国人が反発し、植民地時代のアレルギー反応を示すことだろう。また、オーストラリアやニュージーランドが遠い東アジアの紛争に巻き込まれることに躊躇し、仮に発足したとしてもすぐに形骸化する可能性が考えられよう。

 そして、台湾をどう扱うかという問題もある。アジア版NATOに加盟するのは国家であり、仮に台湾が加わるとなれば、それは中国からすると台湾が独立に向けた動きを開始したことになり、習近平政権は軍事行動を命じ台湾有事がすぐに勃発するリスクがある。

 反対に、アジア版NATOを創設しても肝心の台湾が加わらないなら、そもそもアジア版NATOの意義や存在感を疑う声が出てくるかも知れない。台湾が加盟しても加盟しなくても、扱いが難しい相手となるだろう。

 さらに、アジア版NATOは中国をさらに刺激する恐れがある。中国は相手が軍事力を高めれば、自分たちもそれに負けじとさらなる軍拡を進める可能性が高く、結局のところ安全保障のジレンマが進み軍事的な緊張度が高まることになる。また、中国はロシアや北朝鮮などと軍事的な協力関係を強化し、東アジアで軍事的な分断がいっそう強まることになるだろう。アジア版NATO、今日の安全保障環境を考慮すれば必要にも見えるが、それによる代償は計り知れないものがある。

(北島豊)

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