前人未到の境地を切り開いた、まさに破天荒なミュージシャンだった。革新的なテクノポップや壮麗な映画音楽で世界を席捲した坂本龍一(享年71)が、3月28日に他界した。天才の知られざる純朴素顔を明かす。
坂本に幾度もインタビューした音楽ライターの神舘和典氏が語る。
「初めてお会いしたのは、01年6月。地雷除去のチャリティーのためのユニット『ZERO LANDMINE』に関する取材でした。事前にご挨拶をしようとニューヨークの仕事場に伺った時、パソコンに向かって、それこそ身を削るように音楽作りに取り組んでいたというのが第一印象。それから20回くらいお会いしましたが、とにかくサービス精神が旺盛で、こちらが求めていることをわかりやすい言葉で伝えてくれる。『この言葉、見出しに使える? ページ分、話は足りている?』と、タイトルや見出しになりそうなワードや、具体的なエピソードを必ず提供してくれました」
坂本が細野晴臣(75)、高橋幸宏(享年70)と「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」を結成したのは78年。ワールドツアーを成功させて国内外にテクノブームを巻き起こした。
芸能ジャーナリストの佐々木博之氏によれば、
「海外での評価も高く、まさに天才肌。世界的ミュージシャンと聞くと、近づきがたいイメージがありますが、とても気さくで家族思いだったそうです」
坂本の旺盛なサービス精神はつとに有名だ。81年、「週刊朝日」(10月30日号)に掲載された女優・岸本加世子(62)との対談記事では、焼酎二升を飲んだ時の失敗談を振り返り、
〈ふらふらとお店を出てね。もう朝の七時ごろだったんだけど。パッと見たら喫茶店があってね、ショーウインドウにつくりもののカレーライスとかあるでしょう。急に腹が立ってね、喫茶店を壊しちゃった〉
と、驚きのエピソードを披露。そのまま警官に新宿署まで連行されて、〈二階の取調室で寝てたのね〉とオチをつけた。
「ヤンチャだった頃から女性には相当モテたという話はよく聞きます。しかし、恋愛のもつれとか、女性から恨みを買ったという類いのスキャンダルは聞いたことがありません」(佐々木氏)
芸能評論家の三杉武氏は幅広い交友関係に着目してこう話す。
「82年にRCサクセションの忌野清志郎さん(享年58)と『い・け・な・いルージュマジック』をリリースしたのは衝撃でした。当時の2大ファッションアイコンがコラボしたばかりか、MVではキスまで披露。常に時代を先取りしていました」
(つづく)