あるデータによれば、日本人の2人に1人ががんになる時代と言われている。俺もその1人のうちに入った。2017年5月に、進行性のスキルス胃がんと診断された。このがんは早期発見が難しいらしく、「何となく体調が悪いな」と病院に行った時点での診断が、ステージⅢのC。Ⅳに近い状態だった。
ただ、ある程度の心の準備はできていたから、焦りはしなかった。「いよいよ来たか。俺はがんで最期を迎えるんだ」と。
俺が宣告されたのは、まもなく古希(数え年で70歳)という時期。30代や40代で宣告を受けていたら、「どうして俺が!?」とガタガタ言っていたかもしれないが、あわてふためいても仕方がない年齢も、死を覚悟する一因になったかもしれない。厚生労働省の発表によると、男性の平均寿命は約82歳だし。
同世代ががんで逝去することもちらほら増えてきて、自分の死を考えるきっかけになっていた。2018年1月にすい臓がんで亡くなった、星野仙一さんは俺より1つ先輩。最後にお会いしたのは前年の11月28日。都内で開催された、星野さんの野球殿堂入りを祝うパーティーだった。お互いに病名を公表していなかったけど、痩せこけた顔を見れば一目瞭然。
「俺が先に逝きますから、あとからゆっくり来てくださいね」
「エモ、それはわからんよ」
記念写真を撮りながら交わしたその会話が、最後だった。
俺は胃の全摘出とリンパ節のがんの治療、加えて脾臓も摘出、その後、抗がん剤治療もやった。「5年後の生存率は7%」と言われていたが、術後6年目を迎えた今年8月には、担当医から、こう告げられた。
「いま現在は、胃のがん細胞と転移も見つかっていません。スキルス胃がんにかかると食欲がなくなり痩せ細っていくケースが大半なのに、江本さんはすごいです! 自分もあまり見たことがない回復ぶりです。周りにどんどん自慢してください!」
俺は奇跡的に、少ない生存率の7%に含まれた。5年間、定期的に検査をしながら異常なく過ごせていたし、担当医に全て任せていた。
「やはり、この担当医なら信頼できる」と感じた発端は、ある一言だった。退院前に、管理栄養士から、今後の食事について、食べてよいもの、あまり推奨しないものの説明を受けた。胃がなくて直接、小腸に食べものがいくので詰まりやすくなるため、少しずつ慣らしていこうということだった。
避けたほうがいい食品類には好物も多く含まれていて、「へー、そんなに制限されたら、食べる楽しみもなくなるな」と思った時、手術をしてくれた先生が、病室へ入って、さりげなく話をしてくれた。
「食事量も食事制限も気にせず、好きなものを好きなだけ食べてください!」
あの一言は心強かったなぁ。俺は酒は一滴も飲まないし、40年くらい前から禁煙していて、食べることが大好きだったから。
江本孟紀(えもと・たけのり)野球解説者。1947年7月22日生まれ、高知県出身。「プロ野球ニュース」「野球中継」(フジテレビ)、「ショウアップナイター」(ニッポン放送)、サンケイスポーツでの評論を中心に活動。