2012年9月3日に「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」の創始者・文鮮明氏が死去してから、この9月でまる10年。
この節目を前に、北朝鮮の朝鮮アジア太平洋平和委員会が13日、文氏の遺族宛に追悼文を送ったことを14日付の朝日新聞が報じた。
同委員会は、北朝鮮の韓国に対する工作機関である朝鮮労働党統一戦線部の傘下組織で、記事によれば、追悼文には「民族の和解と団結、国の統一と世界の平和のために傾けた文鮮明先生の努力と功績は末永く追憶されるだろう。世界平和連合の全てのことがうまくいくことを望む」とあり、宛先は文氏の妻で教団の総裁を務める韓鶴子氏ら遺族だという。
北朝鮮事情に詳しいジャーナリストが説明する。
「そもそも文氏は北朝鮮の出身で、伝道を始めたのも平壌が最初なんです。ところが当局に目を付けられ逮捕されたことで、その後韓国へ渡って活動を再開することになった。文氏としては北朝鮮で布教できなかった心残りがあったはずで、その先には自らの教義に多くの人を帰依させることで、朝鮮半島の統一を目指していたとされています。そして1991年、文氏は電撃訪朝して金日成主席と面会するのですが、この時の会談で南北離散家族の捜索事業や、統一教会からの経済事業支援などで合意。統一教会系の日刊紙『世界日報』では、文氏が生前、金主席と兄弟の契りを交わしていると話していたとも伝えています」
その経済事業支援の柱となったのが、北朝鮮南浦の広大な土地に教会が70%、北朝鮮側が30%を出資して設立された合弁会社「平和自動車」だった。同社は北朝鮮産自動車第1号となるセダン「口笛」を完成させている。
「値段は日本円にして100万円程度だったのですが、残念ながら全く普及しなかった。北朝鮮では運転免許取得が難しくドライバー人口が少ないためとも言われていますが、結局文氏が死去した翌13年に、教団は資本提携を解消。自動車事業から撤退することになった」(同)
それでも両者の蜜月関係は継続し、文氏が亡くなった2012年、一周忌の2013年、3周忌の2015年には、金正恩氏が旧統一教会側へ弔電を送るなどしている。
ただ不思議なのは、節目の死後10周年とはいえ、なぜ命日の9月3日から20日以上も前の8月13日に弔電を送ったのか、だ。
前出のジャーナリストが推測するには、
「旧統一教会の名声を世界にアピールするためではないでしょうか。弔電が届いた13日はちょうど同協会が開催する『ワールドサミット』の最中(11~15日)でした。このイベントは朝鮮戦争勃発から70年目の2020年に始まり、“韓半島平和統一”をテーマに世界の要人を招いて大々的におこなわれています。今回もトランプ元米大統領がビデオメッセージを寄せたことで大きく報じられましたが、金正恩氏から弔電が届けばさらに注目を集められますからね。また、日本では統一教会批判が沸騰していますが、信者に対して教会の力や存在感を示すことにもなります。そこで教会側から、サミット開催中のタイミングに弔電が届くように北朝鮮サイドと調整していたのではないかとも考えられるのです」
世界のトップと密接な関係を構築し、影響力を行使する教会の政治力には驚くばかりだ。
(灯倫太郎)