綿矢りさが選ぶ「人生が変わる大人の恋愛小説」5冊(3)隣室の男子中学生とその父とも関係する専業主婦

 山本文緒さんの訃報には驚きました。これからも活躍されると信じていたのに、残念でなりません。

 私が「眠れるラプンツェル」(角川書店)を初めて読んだのは高校生の頃。母が山本さんのファンで、実家には著作が並んでいました。当時は「こういう恋愛もあるのか」と、さらりと読んだのですが、大人になって改めて読むと怖い!

 主人公は28歳の専業主婦。経済的に不自由はなく、多忙な夫は留守がちですが夫婦仲も悪くない。にもかかわらず、マンションの隣室に住む男子中学生と彼のお父さんの両者と、肉体関係を持ってしまうんです。

 恋愛小説なんですが、ホラーじゃないかと思うほど怖い。主人公は、インモラル(不道徳)なことを平然と行います。罪悪感もなく、夫を裏切っているという気持ちもない。未成年をたぶらかすという罪を犯している意識もない。その怖さによって、この作品は恋愛小説の域からはみ出ています。

 高校生の頃より、いま読むほうが衝撃が大きいのは、私自身の変化もあるかもしれません。28歳の主人公は自分をもうオバさんだと思っていますが、結婚して子育てしている私は、とっくにその年齢を超えています(笑)。うちの子は男の子ですが、母親になってみると子供の成長は速い。中学生になるのなんてあっという間。母親の目で見ると、ますますこの小説は怖く感じます。

「ぼくのポーポがこいをした」(岩崎書店)は絵本。「ぼく」のおばあちゃんと、ぬいぐるみのポーポが結婚するという、ちょっとシュールなお話です。ポーポは、ぼくのぬいぐるみなので、ぼくとしては素直に結婚を喜べません。ぼくの両親はお父さんとお母さんの組み合わせじゃなくて、お母さんとお母さんのカップル。おばあちゃんのウェディングドレスは純白ではなく喪服のような黒です。結婚に対する常識とか先入観をことごとく壊してくれる絵本です。

 この本は著者の村田沙耶香さんからいただきました。さっそく息子に読み聞かせしてみたんですが、幼くてまだよくわからなかったみたいです。私にはすごく刺さりました。いままで読んできた絵本とはまったく違う大人の絵本です。いつか息子もおもしろいと思う日が来ると思います。

 私の「オーラの発表会」(集英社)の帯には「不器用で愛おしい、恋愛未満小説」と書いていただきました。まだ恋を意識していない女子大生のお話です。相手との関係のほうが先に進んで、気持ちが追いつかないような女の子。自分の気持ちに気づくのはずっと後です。

 この小説を思いついたのは、自分に超能力があると思い込んだ女の子がお風呂場で念力を試しているシーンが浮かんだことからです。柚子湯の中で柚子を手に持ちながら念を込めている。主人公は、恋愛も含め人とのつながりによって成長します。作者としてはそこを読んでいただきたいと思います。

綿矢りさ(わたや・りさ)84年京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒業。01年「インストール」で文藝賞を受賞しデビュー。04年「蹴りたい背中」で芥川賞を受賞。12年「かわいそうだね?」で大江健三郎賞、20年「生のみ生のままで」で島清恋愛文学賞を受賞。『勝手にふるえてろ』『私をくいとめて』など著書多数。

*「週刊アサヒ芸能」12月30日・1月6日号より

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