公安関係者が明かす。
「中国のスパイを追っていると、ある情報保全隊隊員と接触していることが判明し、衝撃が走った。中国の手に落ちているとしたら、進行中の防諜事案はもちろん、活動に関連した訓練や技術、使用する機器や採用している手法など、何としても守らなければならない極秘の情報が窃取されている可能性が高いからだ。そんなことになれば、防衛省の情報保全体制は瓦解してしまう」
まさに、防衛省の危機である。そこで思い起こされるのは、やはり情報のプロ集団と言うべき情報本部がかつて中国に狙われ、それが表面化した騒動だ。事態の深刻さに慌てた防衛省は事実の隠蔽に動き、どのような工作がなされ、どんな情報が洩れていたかを明らかにしようとはしなかった。だが、かえってそれが省内の関心を呼び、結果的に事の真相がおおむね暴露されたのである。当時の関係者の証言によると、こんな状況だった─。
13年2月16日夕刻、防衛省の庁舎玄関に持ち主のわからないリュックが放置されているのが見つかった。これが、そもそもの発端であった。
当初、発見した自衛隊員は不審物かと警戒したというが、外形のチェックから忘れ物との見方を強め、中身を確認したところ、職員のものであることが判明した。
所有者は情報本部に勤めていた60代の女性職員。この女性は定年退職後に再任用され、外国文献の翻訳などを担当していた。ところが、リュックの中から米国務省の定例会見を翻訳した文書が出てきたのだ。
防衛省情報本部は、DIA(米国防情報局=国防総省の諜報機関)を参考にして97年に設置された部門で、海外の軍事情報をはじめ各種情報を扱う日本最大の情報機関とされている。情報収集衛星の画像分析や傍受した電波の解析を行うなど国防に関わるセクションでもある。騒動に発展したのは、その女性職員がこうした機密情報に接触できる立場にいたことがわかったからだ。
いったい何のために内部資料をリュックに入れていたのか。誰かに渡そうとしたのか。他に持ち出された資料はないか‥‥。女性に対する調査が始まった。
時任兼作(ジャーナリスト)
*「週刊アサヒ芸能」9月16日号より。(3)につづく