若き主砲・岡本和真を開花させた教え/内田順三が激白「スター選手秘話」(3)

 内田氏の球界での活躍は実に50年に及ぶ。69年オフにドラフト8位でヤクルトアトムズに入団。左投左打の外野手で、トレード先の広島で迎えた晩年は、代打の切り札として活躍した。

 引退してからは広島のコーチに就任。巨人と交互に指導を続けてきた。指導者人生の中で「打撃技術に関しては教えることがなかった」とベタ褒めするのは、高橋由伸(46)一人だけだという。

「今シーズンは、阪神の大卒ドラフト1位・佐藤輝明(22)が注目されているけれど、大学時代に23本ホームランを打って6大学の記録を塗り替えたヨシノブの方が、はるかに洗練されていた。

 キヨのセンターから逆方向や、松井秀喜(46)の引っ張った時の打球には度肝を抜かれていたものの、一方でヨシノブは、小学生の頃に長い竹の棒で素振りをしていた影響で、入団当時からスイングの軌道がきれいでした。とはいえ、飛距離では敵わない。そこで、東京ドームで広角に打つことを心がけて、具現化しようと。それができる選手でした。同じホームランでもスタンドまで飛べば、場外や看板までの飛距離は必要ないですからね。キャンプの全体練習後に、室内練習場で600~800本ティー打撃を繰り返すのが日課でした。類いまれなバットスイングは、人知れぬ努力で育まれてきたんです」

 生え抜きで帝王学を学んだ高橋は引退後に即、監督に就任した。18年の監督最終シーズンに抜擢したのが、打率3割、本塁打30本、100打点を球団史上最年少で叩き出し、現在もチームの4番で活躍している岡本和真(24)だった。内田氏は、岡本のバッティング技術向上にもひと役買っていた。

「岡本はかつて、高校時代に日本代表の4番で、将来のジャイアンツを背負うプレッシャーも強かったのでしょうか。遠くに飛ばそうと意識するあまり、スイングを狂わせる時期がありました。そこで繰り返し伝えたのが『ちゃんとバックしなさい』のひと言。つまり、打席ごとに『復習』するように伝えたんです。今の時代は、指導者が選手のミスに対して𠮟ることが妙手ではありません。ステップの仕方、トップの位置や始動のタイミングを振り返り、次の糧にすることで打者として成長するんです。

 さらに、スイングに『間』を作る練習にも取り組みました。『1、2、~3』で振るために女房の名前を貸すこともありました。『かずよじゃないぞ。かず~よだよ』って(笑)」

 内田氏の独創的でユニークな練習法が功を奏したのは、阿部慎之助(42)もしかり。代名詞ともなった「ツイスト打法」は試行錯誤の連続から編み出されていた。

「阿部が新人の頃に、体が前に突っ込むキライがあった。そこで、『練習ドリル』という名目で、打つ瞬間に腰を逆方向にひねる『ツイスト』の動作を取り入れた。いわば、体の開きを我慢して打つことで、バットを最短距離で出すことができ、逆方向にも強い打球が打てるようになります。それが狙いだった。この動きを習得するために『かかとを上げずに、両足を固定して打つ』『軸足を浮かせながら打つ』と、徹底して2つの動作を繰り返すよう指導しました」 

 巨人歴代の遊撃手の中で最高傑作の呼び声が高いのは坂本勇人(32)だろう。昨シーズンには史上2番目の若さで2000安打を達成した。

「坂本は実力もさることながら、運も持ち合わせた男でした。彼は1年目の春季キャンプからツイていましたね。原辰徳監督(62)に顔見世のために呼ばれた1軍の紅白戦で、いきなりヒットを打って覚えめでたくなった。確か、プロ初安打も決勝点でしたよね。2年目にレギュラーだった二岡智宏(44)がケガで離脱したのもラッキーだった。当時、守備に定評のある寺内崇幸(37)を推す声もありましたが、打撃と将来性を見込んで、坂本がショートのレギュラーに抜擢されました。『運も実力のうち』とはよく言ったものです」

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