かつて川だった三角州を走行し、太古に生息したであろう微生物の痕跡を探すというミッション実行のため、アメリカ航空宇宙局(NASA)の探査車「パーサヴィアランス」が火星に到着してから、地球時間で1カ月を過ぎた。
NASAによれば、順調にいけば4月上旬には「パーサヴィアランス」に搭載した重さわずか1.8kgのヘリコプターを火星に降ろし、平原を飛行しながらの撮影をスタートさせる予定だという。
宇宙開発に詳しい科学ジャーナリストが語る。
「今回火星に降ろすのは、NASAが8500万ドルを投じて開発した『インジェニュイティ』と呼ばれる初の宇宙ヘリコプターです。実は、地球と火星との通信に時間を要するため、地上からリアルタイムで管制官がヘリの飛行を制御することはできません。そこでヘリを地球の約1カ月にあたる火星の30日の間に、最大で5回自律飛行できるようプログラムした。さらに、火星の大気は地球と比べて格段に薄いため、4枚のローターブレードを炭素繊維にして、1分間に約2400回転できるよう設定。これは地球上のヘリの約8倍の回転数にあたります。動力となるのがヘリ上部に設置された太陽電池パネルで、飛行高度は最大5m、最大飛行距離は300m。飛行時間は長くはないですが、大きな成果が期待できます」
報道を受け、さっそくSNS上には《凄い!ヘリからの映像早く見たいなぁ!》《UFOを地球人が遠隔操作するってことだよね?とにかく成功を祈ります!》という期待の声があがった。だが、一方では《気圧が地球の0.8%。火星名物の砂嵐、そこに小さなヘリコプター? 科学的根拠が知りたい》《文字通り、ハイリスク・ハイリターンだな》といった不安視する声も少なくなかった。
前出のジャーナリストが続ける。
「たしかに、1月にNASAの火星探査機『インサイト』が行った『モグラ』と呼ばれる機材を火星の地面に打ち込むというミッションでは、予想外に厚い土壌に阻まれ、ミッションを完了することができませんでした。そう考えれば、今回もハイリスク・ハイリターンの試みであることは事実。しかし、NASAのスタッフがいう『問題が発生する可能性は常にある。しかし、だからこそ我々はそれを行うのだ。問題が発生すれば、そこから学ぶことができる』という言葉通り、成功すれば将来、木星や土星の衛星をヘリコプターで探査することが可能になるかもしれません。そういう意味でも、今回のミッションは大きな意義があるはずです」
40億年以上前の火星は温暖で、水も存在し、大気も現在よりも濃かったのではないかといわれる。ところが、それから10億年後、火星は現在のような冷たく荒廃した惑星へと変わっていった。火星に数十億年前に流れていた水はどこへ行ったのか。これは科学者にとって長年の謎だった。あるいは、今回のミッションでその謎の一部が解き明かされる可能性もある。
探査車着陸前の会見でNASAのヘリコプターチーム・プロジェクトマネージャーのミミ・アウン氏は「まさにライト兄弟だ。ただし、別の惑星でのことだが」とし「これからの一歩一歩がすべて、史上初のことになる」と語った。
史上初のミッション成功を祈るばかりだ。
(灯倫太郎)