もしも自分の本名が大手メディアで報道されたら…。その影響力の大きさについて、考えたことはないだろうか。
10月某日、「読売新聞オンライン」が配信したあるニュースに批判が集まった。そのニュースとは、埼玉県草加市のコンビニ店員の女性が、詐欺師に騙されて30万円分のプリペイドカードを買おうとしていた高齢女性に気付いて110番通報。警察官が駆けつけるまで高齢女性をなだめ、被害を未然に防いだというもの。女性店員は警察署から感謝状を受け取り、詐欺被害を食い止めたことに、素直に「うれしい」とコメントしている。
このニュースが炎上した原因は事件の内容に関してではない。当初、読売新聞オンラインがこのニュースを報じた際、このお手柄女性店員の本名や年齢、店舗名などを掲載してしまったことに批判が集まったのだ(※現在、本名や店舗名は削除されている)。
ネット上では《犯罪者に『詐欺を邪魔したのはこの人です』って教えたようなものだ》《犯人の背後には反社会的グループがいるはず。にもかかわらずコンビニの店名とか女性店員の個人情報を載せるのはまずくない?》《マスコミは個人情報保護の視点が皆無なんだろうな……》といった批判の声があがっている。
「今回の読売新聞オンラインの実名報道はあまりに軽率だったと言わざるを得ません。もし女性店員が犯人グループから報復を受けたら読売新聞社はどう責任をとるつもりなのでしょう。熱中症で倒れていたり、転倒して身動きが取れなくなった高齢者を救助したことで、表彰された方を実名報道するケースはありますが、今回は詐欺グループが相手。『詐欺の邪魔をしたらこうなる』と見せしめ的な犯行に及ぶ可能性はゼロとは言いきれません」(地方紙社会部記者)
インターネットのトラブルや犯罪に詳しい弁護士は、マスコミによる実名報道の問題点についてこう指摘する。
「日本の新聞社の業界団体である日本新聞協会が2006年に出版した『実名と報道』には、暴力団からの報復など、二次被害の恐れがある実名報道はしないと明記されています。これまでもマスコミによる実名報道は多くの問題点が指摘されてきました。2017年に起きた『座間9遺体事件』や19年の『京都アニメーション放火殺人事件』などでも各マスコミは、死傷した被害者の実名を報道。半数以上の遺族が匿名での報道を希望したにもかかわらず、それを無視する報道姿勢を貫いたのです。その結果、ネット上には被害者に関する情報が流布され、遺族が二次被害を受けるケースもありました」
その一方で、加害者に対しての実名報道の問題もあるという。
「いまの時代は起訴・不起訴にかかわらず、逮捕時に報じられた本名や顔写真などは、永久的にネット上に残ってしまうこともあります。仮にマスコミが実名報道後に記事を取り下げたとしても、ツイッターや個人ブログなどに転載されてしまえばそれらを全て消すことはほぼ不可能。懲役刑などで罪を償った後も、実名報道されたことによって就職が困難となり、再び犯罪行為に手を染めてしまうケースも見受けられます。マスコミの実名報道が犯罪を助長しているという見方もできてしまうのです」(前出・弁護士)
おろおろと怯えながら詐欺師に騙されかけた高齢者を救った女性店員の行動は称賛されてしかるべきもの。実名報道への認識の甘さがお手柄ニュースにケチをつけてしまったようだ。
(橋爪けいすけ)