お気に入りのゴキブリに1票を!女性アイドルグループなら、気に入ったタイプの女子への投票は、少しの抵抗も生じない。だが、ゴキブリとなると話が変わってくる。そもそも、好きなゴキブリってどういうこと!?
まだ日本で新型コロナウイルスの感染拡大が本格化する前、静岡県磐田市の「竜洋昆虫自然観察公園」内の昆虫館で、40種類以上のゴキブリが大集合した「ゴキブリ展3」が開催されていたのをご存じだろうか。なかでも、展示されているゴキブリから気に入った1種を選んで投票する「GKB48総選挙」というイベントは毎冬に開催されている人気企画だという。
お気に入りのゴキブリの番号を記入する投票用紙を手渡していたのは、ゴキブリのすべてを愛する自称「ゴキブリスト」であり、公園職員の柳澤静磨さん(25)。昆虫館での世話だけでなく自宅でもゴキブリを飼育している。
ゴキブリの魅力について、「昆虫の『おいしい部分』をギュッと凝縮している」と柳澤さん。「おいしい部分」とは、「種類が4000以上と豊富で、大きさや形もさまざま。きれいな体色をした種類も数多く、生態もとても多様」と言う。そう語る以上にゴキブリは、彼にとって大きな存在となっている。世間一般と同じく、もともとはゴキブリが大嫌いで、生き物図鑑をめくる際に、ゴキブリの姿を見なくても済むよう、かつては該当ページをテープで固めて開かないようにしていた。
イメージ転換を迫られたのは、2016年に当園の職員となり昆虫館に勤めるようになってからだ。あるとき、先輩職員が事務所内でゴキブリの飼育を始めた。最初は嫌で仕方なかったが、だんだん自分も世話をするようになり、愛嬌を誘う生物だということがわかった。個体差があり、照明を当てた時に左へ逃げようとするものもいれば右へ逃げ出そうとするものもいる。「ゴキブリに心があるかどうかはわからないが、気持ちが伝わっているんじゃないかと感じる時がある」と柳澤さんは微笑む。
ゴキブリ愛を広める伝道師は、“後継者”の育成にも余念がない。柳澤さんから、「ゴキブリストの資格は十分」と認められたのは、浜松市内の小学校に通う小学4年生の女の子。3年前に昆虫館で初開催となった「ゴキブリ展」ですっかりゴキブリに魅了され、手のひら大のマダガスカルゴキブリ数匹を自宅で飼育するまでに。家庭でもペットとしてゴキブリはすっかりなじんでおり、家族で成長を見守っているという。
彼女も柳澤さんと同じく「最初はゴキブリが大嫌いだった」。でも今は「別の種類のゴキブリの飼育に挑戦したい」と意欲をのぞかせる。その魅力について問うと「意外な部分を見せてくれるから」と返答。夏休みの自由研究で昨年、徹底したゴキブリ観察を敢行。空き箱の中に迷路を作ってゴキブリをタイムアタックに挑ませ、食の好みについても、調査と研究を実施。そのレポートは、浜松市開催の「児童生徒理科研究作品審査会」で金賞を受賞した。
彼女のような“ゴキブリ研究者”が現れたのは、やはり昆虫館のこれまでの取り組みの大きな成果と言っていいだろう。ゴキブリの展示において、透明の観察ケースを採用して昼間は常に照明を当て個体を観察しやすいように工夫を施した。詳細な説明は避け、ちょっとしたエピソードや「ここを見てほしい」という点を強調したキャプションを観察ケースの前に示して、来園者により関心をもってもらえるように個体の特徴や生態などについてワンポイント説明を加えてわかりやすく解説。結果として、入場者数の大幅な増加に結びついた。
なお、今年2月から開催されていた「第三回GKB48総選挙」だが、1位はダンゴムシのようなニジイロゴキブリで、2位は羽アリのような長い脚を持つエメラルドゴキブリバチ、3位は白みがかった胴体部分が特徴的なグリーンバナナローチという結果になった。いずれも台所でたまに見かけるゴキブリとは一線を画すビジュアルだ。
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、6月14日現在、昆虫館がある竜洋昆虫自然観察公園は静岡県外からの来場自粛を公式サイトで呼びかけている。コロナ禍が落ち着いたら、ぜひ「センター争奪」を成し遂げたゴキブリを観察しに、足を運んではいかがだろうか。
(写真・文/坂勇人)