江上剛「今週のイチ推し!」老後の心配はお金だけじゃない 大切なのは家族との思い出だ!

 20年発売の本だが、帯に「50万部突破」とあり、今も書店のベストセラーに名を連ねている。タイトルの意味は「ゼロで死ね」ということ。すなわち「無一文で死になさい」ということだ。いったい何が読者をひきつけるのだろうか。

 著者は、1億2000万ドル(約180億円)超の資産を持つ、ヘッジファンドのマネージャーである。冒頭で、イソップ寓話「蟻とキリギリス」を例に出し「アリはいつ遊ぶことができるのだろう?」と疑問を呈する。そしてこれが本書のテーマであると言う。

 著者は「ゼロで死ぬ」ためには、9のルールがあるという。ここでいくつかを紹介しよう。

 まず「今しかできないことに投資する」。これは「喜びを先送りするな」ということだ。定年になったら、妻とゆっくり旅行しようと考えている人は多いが、その時は病気になっていたり、楽しむには体力がなくなっていたりするかもしれない。もっと早く妻との旅行を楽しむべきだったと後悔しても遅いのだ。

 そして彼は「モノに金を使うより経験に金を使え」という。経験の価値は、時を経るにつれて大きくなるからである。彼は、このことを「記憶の配当」という。実は私は今になって反省している。当時、銀行員として仕事に没頭していたが、気が付くと妻や子供との思い出、すなわち「記憶の配当」が少ないことに気づいた。私は古希になったが、今からでも妻との経験を積み重ねようと思った。

 次に「ゼロで死ぬことを目標にしろ」と提案する。年を取ると、お金を使わなくなる。老後不安のために金をため込むのは大きな間違いだ、とも。しかし、そうは言っても老後にはお金が要るだろうと思っている人には次のルールが参考になるだろう。

 それは「人生最後の日を意識する」こと。いったい自分はどのくらい生きるかを想定してお金をためて、金のためすぎを止めようというのだ。自分の残り時間を想定してお金と時間をどう使い切るかを提案する。確かに、いつまでも生きるわけではない。この考え方は重要だ。

 ほかにも「子供には死ぬ『前』に財産を与える」「やりたいことの『賞味期限』を意識する」「45から60歳に資産を取り崩し始める」「大胆にリスクを取る」などを提案する。

 さて、これらのルールを教えられ、人生を変えられるだろうか。著者は、「この本を資産もなくギリギリの生活をしている人も読んで欲しい」と言う。

 本書が売れているのは、自分たちが、明日の不安にせかされて、今日の糧を得るためだけに、人生を無駄に過ごしているのではないか、と気づかされる人が多いからだろう。「人生を取り戻そう」と著者は言っているのだ。

《「DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール」ビル・パーキンス・著 児島修・訳/1870円(ダイヤモンド社)》

江上剛(えがみ・ごう)54年、兵庫県生まれ。早稲田大学卒。旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)を経て02年に「非情銀行」でデビュー。10年、日本振興銀行の経営破綻に際して代表執行役社長として混乱の収拾にあたる。「翼、ふたたび」など著書多数。

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