ロシア・ウクライナ戦争の見通しについて、フランスの歴史人口学者で家族人類学者のエマニュエル・トッド氏はロシアが勝利すると断言する。その結果、アメリカが急速に弱体化する。
〈ウクライナ・ナショナリズムの一時的な軍事的成功は、地域レベルではなく、世界レベルでの軍事的、経済的、イデオロギー的敗北によってしか抜け出せないような、エスカレートした状況にアメリカを追い込んだ。現在のアメリカにとっての敗北とは、ドイツとロシアの接近、世界の脱ドル化、「集団的内部紙幣印刷〔ドル〕」で賄われる輸入の終焉、そして大いなる貧困だ。
しかし私は、ワシントンの人々がこうした事柄について果たして自覚できているのかどうかまったくわからない。むしろこの敗北の意味について何も気づいていないことを願おう。そしてアメリカが、アメリカとキエフ(キーウ)のためだけに平和を宣言し、サイゴン、バグダッド、カブールと同じような結末を迎えることになると彼らが信じていることを願うのだ。〉(エマニュエル・トッド〔大野舞訳〕『西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか』文藝春秋、2024年、390頁)
この戦争後、ドイツがロシアと接近するという流れが日本のマスメディア関係者には見えていないようだ。だから以下のような方向性が見えない報道になる。
〈ドイツのショルツ首相は15日、ロシアのプーチン大統領と電話で協議した。両者の電話協議は、ロシアがウクライナに全面侵攻した後の2022年12月以来、約2年ぶり。(中略)
ショルツ氏は電話協議でロシアのウクライナ侵攻を非難し、プーチン氏に戦争をやめるように求めた。独メディアによると、協議は約1時間に及んだ。
独政府関係者によると、ショルツ氏はロシアへの北朝鮮兵の派遣についても言及し、「紛争の深刻な激化と拡大を伴う」と指摘。ウクライナの民間施設に対するロシアの空爆についても非難したという。ウクライナへの二国間の支援額では、ドイツは米国に次いで2番目に多い。ショルツ氏は、必要な限りウクライナへの支援を続ける姿勢も強調した。
一方、ロシア大統領府によると、プーチン氏は、ウクライナの「併合4州」から同軍の完全撤退などを求める姿勢を、改めて強調した。〉(11月16日「朝日新聞」朝刊)
アメリカ大統領選挙でトランプ氏が当選し、ロシア・ウクライナ戦争からアメリカが手を引く可能性が生まれてきた。ドイツとしては、これまで首脳レベルでのロシアとの接触を差し控えるという態度を取っていたが、ショルツ首相はもはやそのような頑なな態度を取るとドイツの国益を毀損することになると考えるに至ったのだ。この電話会談を契機に、ドイツとロシアの間でロシア・ウクライナ戦争の着地点を探る動きが始まると筆者は見ている。ウクライナが主張する1991年12月時点でのクリミアを含むウクライナ領の回復をドイツが支持しなくなるのも時間の問題だ。
佐藤優(さとう・まさる)著書に『外務省ハレンチ物語』『私の「情報分析術」超入門』『第3次世界大戦の罠』(山内昌之氏共著)他多数。『ウクライナ「情報」戦争 ロシア発のシグナルはなぜ見落とされるのか』が絶賛発売中。