前駐豪大使・山上信吾が日本外交の舞台裏を抉る!~アメリカ大統領選挙を振り返って~

 トランプが圧勝した。300人を上回る代議員を獲得したのだ。

 事前の予想では、大方の内外メディアが「大接戦」「最後まで分からない」と報じ続けていたことを多くの人は覚えている。接戦州すべてをトランプ陣営が抑えて勝利した結果を見ても「接戦だった」などと論じる向きがあるのは、事実を糊塗するかの如くで噴飯物だ。だから「マスゴミ」などという有り難くない形容が流布することになってしまう。 

 三井物産戦略研究所特別顧問の緋田順氏(前三井物産ワシントン事務所長)をはじめ、アメリカ政治の内実に通じた識者は「トランプ有利」を終始言い続けていただけに、こうした落差が際立つ。

 なぜこんなことになるのか?

 はっきり言おう。最大の問題は、メディアの偏向だ。日本経済新聞が買収したフィナンシャル・タイムズが好例だろう。アングロサクソン社会でエリートが読むべき新聞を気取っているものの、何のことはない、アメリカ大統領選挙では社説でカマラ・ハリス支持を明確に打ち出していた。「トランプは民主主義の危機、同盟国を見捨てる」というナラティブは、こうした中道左のメディアで全世界に拡散され浸透した。

 第二に挙げるべきは、ハリスへの過大評価だ。バイデン自身が、凡庸な能力しかなく自分の寝首を掻くことはあるまいと安心して選んだ副大統領だった。しかも、バイデン政権の4年間、担当の移民問題を始め、何ら実績を残せなかった。それなのに、よぼよぼ歩きのバイデンが漸く退いてくれたと安堵したのか、民主党陣営、そして多くのメディアはハリスに過大な期待を抱いた。だが、フォックスニュースのインタビューで「アメリカにとっての脅威はイラン」と述べるなど地金を露呈し、大統領の器でないことが明らかにされた。マイノリティーの代表のような触れ込みだったのに、黒人男性の支持がオバマやバイデンに比べて劣ったことは、彼女の限界を如実に裏付けていた。

 惨敗した今、「“ガラスの天井”があったから負けた」などという論調が出回っている。不勉強な閣僚がそれに乗ってしまっているのは、石破政権の底の浅さを象徴するものなのだろうか?

 さらに検討を要するのは、「支持率をどこまで金科玉条扱いするか?」という長年来の課題だろう。

 当たり前のことだが、支持率と得票率は異なる。「支持する」と言っていた人でも、投票しなければ票につながらないからだ。加えて、そもそも支持率調査会社が接触してきたときに、答えない、嘘を言うことになれば、支持率自体の信憑性に疑問符が付く。トランプ支持者には、電話がかかってくると叩き切るブルーカラー層や、トランプ支持を明らかにしない隠れ支持者のホワイトカラー層がいることは夙に指摘されてきた点だ。

 さて、日本にとって喫緊の課題は、自信をもってホワイトハウスに帰還するトランプ・バージョン2と如何にして信頼関係を作り上げ、日本の国益実現を図っていくかだ。その幸先が5分間の電話会談というのは余りにも寂しく、不安満載だ。首脳同士の相性が合わないなら、その下の大臣、次官、局長レベルで重層的に関係を構築していくしかあるまい。待ったなしなのだ。

●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、00年ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、07年茨城県警本部警務部長を経て、09年在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年国際情報統括官、経済局長などを歴任。20年オーストラリア日本国特命全権大使に就任。23年末に退官。TMI総合法律事務所特別顧問や笹川平和財団上席フェロー、外交評論活動で活躍中。著書に「南半球便り」「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)がある。

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