【裁判傍聴記】元力士が歌舞伎町で起こした暴行事件の顛末「朝7時から飲酒」

 大相撲九月場所では関脇・大の里が優勝を果たして大関昇進を確実にしたが、土俵で名誉や莫大な懸賞金をつかめる力士はほんの一握りだ。今年5月、新宿歌舞伎町で「元力士」の肩書きを持つ男が理不尽な暴行事件を起こして逮捕されていた。3カ月後に東京地裁で行われた裁判で、被告人は何を語ったのか。お笑い芸人で裁判ウォッチャーの阿曽山大噴火が事件の顛末をリポートする。

 今年8月、東京地裁で元力士の男性を被告人とする刑事裁判が行われていました。傍聴席は、相撲ファンが集まったのか、夏休みで傍聴に来た人達がたまたまこの法廷にたどり着いたのか、空席はゼロ。大勢の傍聴人に見守られながらの裁判となりました。

罪名:暴行/被告人:内装工をしている40代のモンゴル人男性

 起訴されたのは、今年の5月某日午後1時過ぎ、東京都新宿区歌舞伎町にある新宿東宝ビルの横の歩道上で、被告人が被害男性(18)の太ももを蹴り、顔面を手のひらで数回殴ったという内容。

 最近はテレビドラマ「新宿野戦病院」の舞台として描かれている新宿歌舞伎町、しかも新宿東宝ビルの横、通称トー横での事件です。罪状認否で被告人は「間違いありません」と、モンゴル語の通訳を介さずに日本語で罪を認めていました。法廷通訳が入っていましたが、日本語の方が得意という事で通訳はほとんど使わずに審理が進められることになりました。

 検察官の冒頭陳述によると、被告人はモンゴル出身。2000年に来日して相撲部屋に入門し、2012年まで力士として活躍していたそうです。力士引退後は職を転々としていたようで、犯行当時は内装の仕事をしていたとのこと。

 そして犯行当日。被告人はトー横でお酒を飲んでいたところ、被害男性とその友人が談笑しているのを発見。被告人は被害男性に近付き「あいさつもないのか」と話しかけ、太ももを蹴って顔を平手で殴ったという。3分間ほど暴行が続いたので周りにいた人達が止めに入り、被害男性が交番に駆け込んだことで警察官が現場に駆け付けて、被告人を逮捕したというのが事件の流れになります。

 被害男性は取り調べで「被告人をトー横で5、6回見たことはあるが、喋ったことはない。当日は『おい』と言いながら被告人が威圧してきて、足を蹴られ顔をバチンと叩かれた。『申し訳ないです、もう終わりにしましょう』と謝って、とりあえずその場をしのいで警察に助けを求めた。後で他の人に話を聞くと、同じような被害に遭ってる人がたくさんいた」と述べているようです。被害男性の話を前提にすると、被告人はトー横でいろんな人に暴力を振るう厄介者だった可能性はありそうですね。

 一方、被告人は取り調べで「事件のことは酔っていたので全く覚えていない。防犯カメラ映像を見ると、自分がやったことに間違いはない。被害男性があいさつなかったので歯向かったのかも知れない」と供述しているとのこと。午後1時過ぎに記憶がないくらい酔っていたとは、何時からどれくらい飲んでたのか気になるところですね。そして、被告人質問。まずは弁護人から。

弁護人「事件はお昼過ぎですけど、この日は何時から飲酒してたんですか?」

被告人「朝7時からです」

弁護人「酒の量は?」

被告人「缶ビールと缶チューハイを10本ずつです」

 なんと、午前中から青空の下で20本ものアルコールを飲んでいたとは!そんな人がいても不思議じゃないというのが、トー横の異常さですよ。

弁護人「被害男性とは知り合い?」

被告人「何回か顔を見たことはあったと思います」

弁護人「その程度の人と何故トラブルになったんですか?」

被告人「覚えてないんです」

弁護人「あなたは元力士で、体が他の人より大きいですよね?」

被告人「身長190センチで、体重110キロです」

弁護人「未成年の被害男性は相当怖かったんじゃないですか?」

被告人「申し訳ないです」

 10年以上も前に相撲を辞めているとは言え、被告人は現在も体は大きくて力強そうなんです。被告人の両隣に座っている高齢の刑務官は、何かがあった時に対応出来るのだろうかと心配になる程の体格差です。それくらい大きくて、記憶がないくらいに酔っ払った元力士にいきなり蹴られて長時間殴られるのはかなり怖かったでしょうね。今後は二度としない事を約束して弁護人からの質問は終了。次は検察官からの質問です。

検察官「去年の1月にもトー横で暴力振るって、罰金刑を受けてますよね。どんな事件でした?」

被告人「知り合いが来たので、あいさつ程度に足でやったのが暴力と言われました」

検察官「その時も酒飲んでた?」

被告人「飲んでました」

 酔っ払った状態で、あいさつ代わりに軽くキックしたというのが前回の事件。被告人はあいさつと思ってるみたいですが、体も大きくて力も強いので暴力を振るったと見られたのでしょう。そもそも人を蹴るのがあいさつって…。

検察官「その事件の後に、検察庁で取り調べを受けて『お酒は500ミリリットルの缶を4本までにする』って取り調べ担当者に約束してませんか?」

被告人「約束しました」

 こういう時、断酒の約束をさせられると思いきや、酒は2リットルまでにすると約束すれば許してくれるんですね。

検察官「それなのに20本も飲んでたのは何故ですか?」

被告人「数はハッキリ覚えてませんが、減らしてました」

 減らしてこの量だったんですね。流石は元力士、元々どれだけ飲んでたのか訊きたくなりますが。

検察官「被害男性に謝りました?」

被告人「弁護人を通じて謝罪しようと思ったんですが、向こうが…」

検察官「謝罪文とか書いた?」

被告人「受け取らないって言ってるみたいなので」

検察官「相手の反応はさておき、謝罪文は書きました?」

被告人「日本語が書けないので、モンゴル語ですけど…」

 日本語を話すのは流暢ですが、読み書きが苦手らしくて母国語で謝罪文を書いていたようです。それもあって、被害者は読めないので受け取りを拒否していたと…。

検察官「今後お酒はどうします?」

被告人「やめます」

検察官「前回の事件でやめなかったのは何故ですか?」

被告人「覚悟してませんでした」

 暴力を振るう酒癖があるという自覚があまりなかったのか、酒を断つ覚悟が今までは無かったようです。違法薬物と違って二十歳を越えれば誰でも飲んでいいし、スーパーやコンビニなどどこでも売ってるのでアルコールは誘惑が多いんですよね。

 最後は裁判官から。

裁判官「謝罪文の受け取りを断られたって話はしてましたけど、慰謝料みたいなお金を払うとかの話し合いはあったんですか?」

被告人「30万円は用意したんですけど、それもいらないと」

被害男性は被告人と関わりたくないって感じでしょうか。

裁判官「で、酒は減らすの?やめるの?」

被告人「やめます!」

 と改めて断酒宣言。そして最後の質問です。

裁判官「証拠にはね、暴力団と交友関係があるって書いてますけど…」

被告人「トー横で一緒に飲んだ人がいて、逮捕後に暴力団の人って知りました」

 親しい付き合いじゃなく、連絡先も知らないしトー横でたまに会ってその場で飲む仲間がヤクザだったという話。そんなのを証拠として提出して被告人の印象を悪くしようとしている検察官もなかなか意地悪ですね。この後、検察官が懲役6月を求刑して閉廷でした。

 そして2週間後の8月21日。判決が言い渡されました。結果は、懲役6月執行猶予3年。

 昔は土俵の上で真剣勝負をしていたのに、今はトー横で酔っ払って大暴れとはね。トー横に集まる人達を「トー横キッズ」と呼ぶようになってこのネーミングが定着していますが、家出少女などの若者だけじゃなく、現役のヤクザもいれば、引退した力士も集まっているのです。勝手にキッズで一括りにしないで欲しいですね。

阿曽山大噴火(あそざん・だいふんか)
大川興業所属のお笑い芸人であり、裁判所に定期券で通う、裁判傍聴のプロ。裁判ウォッチャーとして、テレビ、ラジオのレギュラーや、雑誌、ウェブサイトでの連載多数。

ライフ