佐藤優「ニッポン有事!」22年ぶり訪ロで見た市民生活 なぜ戦時下を感じさせないか

 筆者は9月13~18日、ロシアの首都モスクワを22年振りに訪問した。今回は政治問題を離れて、市民生活について記すことにする。ひと言で言うと、モスクワの市民生活の水準は飛躍的に高まった。率直に言うが、東京よりもレベルが高い。

 まず、モスクワ市内で広告を見ない。他の資本主義国の首都ではありえない現象だ。ソ連時代も広告はなかったが、「ソ連共産党に栄光あれ!」「全世界に平和を」「戦争放火者をつまみだせ!」「共産主義とは、ソヴィエト権力プラス全国土の電化だ!」というようなスローガンが掲載されていた。今のモスクワにはスローガンも掲げられていない。

 モスクワのサラリーパーソンの年収は100万~150万ルーブル(170万~250万円)だ。ちなみにモスクワの物価は、レストラン、西側のブランド品は日本と同程度だが、食料品、衣類、家賃、水光熱費、公共交通運賃は東京の2分の1~3分の1だ。年収170万円ならば健康で文化的な生活ができる。モスクワ郊外(車で30分、公共交通機関で50分)では、1500万円で110平方メートルのマンションを購入することができる。

 広告のなくなった理由は2つある。第1は、街の景観を維持するためだ。第2は、広告によって人々に刺激を与え、人為的に需要を作り出すという経済から訣別するためだ。ウクライナ戦争が始まった後、西側諸国の経済制裁、ロシアによる西側の食料品輸入規制によって、食料品はほぼ国産になった。その水準は高く、種類も豊富で、安価だ。スーパーマーケットでの価格も日本の2分の1~3分の1だ。加工食品に対しては、添加物に対する規制がとても厳しい。

 偶然会った複数の市民と話したが、「これまでは外国製品で私たちは薬漬けにされていた。西側諸国による制裁のおかげで、健康にいいロシア食品を食べることができるようになってよかった」と言っていた。市内には「国産品のみを扱います」ということを売りにするスーパーがあり、とても流行っていた。

 メルセデス、BMWなどの高級外車の販売店もあり、新車を購入することができる。中東諸国から輸入しているとのことだった。モスクワ市の中心部にあるサーカスのそばにロシアに制裁をかけた国の商品だけを販売している店がある。好奇心から覗いてみたら、コカ・コーラ、ペプシコーラ、チョコレートバーのMARSなどから、日本製のポッキー、ミルキー、グミ、和菓子、キティちゃん人形、招き猫などが販売されていた。値段も日本の1・5倍程度で、サーカスに行く子どもたちで賑わっていた。レストランやカフェもいたるところにあり、深夜2時、3時になっても家族連れ、友人同士で食事と歓談を楽しんでいる。

 プーチン大統領は、ウクライナへの侵攻後「官僚は戦時体制で仕事をするが、国民には平時の生活を保障せよ」という命令を発したとのことだ。そのせいか、モスクワでは戦時下であるという感じが全くしなかった。

佐藤優(さとう・まさる)著書に『外務省ハレンチ物語』『私の「情報分析術」超入門』『第3次世界大戦の罠』(山内昌之氏共著)他多数。『ウクライナ「情報」戦争 ロシア発のシグナルはなぜ見落とされるのか』が絶賛発売中。

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