6月16日にアリが来日。23日に京王プラザで行われた調印式で顔を合わせると、またも舌戦が展開される。今度は猪木が「勝ったほうが全てのギャラを手にする」と持ちかけ、公衆の面前で引き下がれなかったアリは、その場で契約書にサイン。これが新たな火種を生み、怒り狂ったアリ軍団のメンバー30人余りが、新間氏の宿泊していた部屋に乗り込んできた。
「アリがサインした同意書を返せと言ってきました。でなければ、トレーニング中にケガをしたと発表し、アメリカに帰ると詰め寄り、テーブルの上に拳銃2丁を置いたのです。張り詰めた空気の中、猪木さんに電話で状況を説明すると、『やることに意義がある』と言い、40分後に(夫人の実弟で当時のリングアナの)倍賞鉄夫が同意書を持ってきて、アリ軍団のメンバーが破り捨てました」
ピリピリしたアリサイドは試合前日にもルール変更の要求を突きつけてきた。
「猪木さんは立ったままの姿勢で攻撃をしてはダメ。片手か片足をついた攻撃のみ許可する。違反した場合は、すぐに試合放棄するというメチャクチャなものでした。その時も、猪木さんに説明すると、『どんなルールでもいい。アリとやりたいんだ』と、黙って受け入れたのです」
がんじがらめのルールにより、寝転がってのローキックに終始する、独特の試合展開が繰り広げられることになる。結果、15Rドロー。取り決めを知らないファンやメディアから猪木の戦法に異議が唱えられ、辛辣な批判が飛び交った。
「試合翌日の朝7時頃に、倍賞さんから電話が掛かってきて、『新聞を読んだアントンが落ち込んでいるからすぐに来て』と、ものすごく心配していましたね。実際、厳しいルールでも勝てるチャンスはあった。試合後にアリは、ファンの前では軽快なステップを見せていましたが、エレベーターに乗った瞬間、倒れ込んだんです。猪木さんのキックで足に血栓ができて深いダメージを負っていました」
「世紀の凡戦」とも言われた一戦は時を経て再評価され、「素直に嬉しい」と新間氏は顔をほころばせる。
真剣勝負という修羅場をくぐり抜け、その後、アリが結婚式に新間氏を含めて招待してくれるほど親交を深めた。「イノキ・ボンバイエ」でお馴染みの猪木の入場曲も、新間氏がアリの伝記映画「アリ/ザ・グレーテスト」を観て、挿入歌で流れた曲を気に入ったのがきっかけだ。
「猪木さんの入場曲をレコードで発売した時、B面は倍賞さんに『いつも一緒に』という曲を歌ってもらったんです。そしたら、倍賞さんが『私がA面だからね』って、冗談交じりに笑っていましたね」
世紀の一戦はこの先も語り継がれていくのである。
*週刊アサヒ芸能10月20日号掲載