危険な潜入ルポを得意とするライター兼イラストレーターの村田らむ氏。その取材テリトリーは韓国に及び、同国でも指折りの“自死スポット”に向かったのだが……。そこで見た異様な光景とその地にまつわる因縁とは?
韓国旅行の際、ソウルのど真ん中を流れる漢江(ハンガン)にかかる大きな橋「麻浦(マポ)大橋」を渡った。幅は25メートル、全長は1.4キロもある巨大な橋だ。
歩いていると、橋の欄干にハングル文字でメッセージが書いてあるのを見つけた。翻訳してみたところ、
「コーヒー飲まない?」
「ご飯食べた?」
「疲れてない?」
などと他愛もないことが書いてある。
なんのこっちゃ? と思っていると、家族写真や食べ物の写真も展示されていた。
橋の欄干に、子供の写真、キムチやトッポギなどの写真が並べてあるのは異様だ。店名も電話番号も書かれていないから、お店の宣伝というわけでもない。
実はこれは、ソウル市とサムスン生命がはじめた「Bridge of Life(命の橋)プロジェクト」の一環だった。「麻浦(マポ)大橋」は、韓国屈指の自死スポットだったのだ。2003年からの8年間で1090人もの人が橋から飛び降りた。
自死者が麻浦大橋を選ぶのは、国際金融センターが近いためだと言われている。金融街で失敗した人がそのまま、橋から飛び降りてしまうのだろうか。
自死を水際で阻止するために繰り広げられたのが、
「欄干にメッセージを書く」
「家族写真や食べ物の写真を載せる」
「愛情を表現した像を設置する」
などの行動だったのだ。
もちろん、緊急電話や監視カメラなどもたくさん設置してあった。それらのいたるところに、マジックペンで手書きのメッセージが書かれていた。
ほとんどは
「がんばれ!!」
という、はげましのメッセージだった。
人の優しさを呼んだこのプロジェクトは大変評価されて、たくさんの賞を受賞した。
そして賞をとったために、様々なメディアで報道されてしまった。
その報道を見た人は、
「麻浦大橋に行けば死ねるんだ」
と認識した。
そして皮肉なことに、麻浦大橋での自死者が急増した。
2012年の段階では15件だった自死者(未遂者も含む)は、2013年には93件、2014年には184件と10倍以上に増えてしまった。
僕が橋を渡ったのは、2014年の最も自死が多い時期だった。2日に1人が飛び降りる、異常事態だったわけだ。
そして2016年、橋の欄干を1.5メートルから、2.5メートルへと1メートル高くし、飛び降りづらくすることにした。
結局、物理的に、飛び降りられなくするという、シンプルな方法に落ち着いたわけだ。
韓国は自死大国として知られているし、日本も負けず劣らず自死の多い国だ。自死スポットでの水際の救出も大事だが、そもそも自ら死を選ばずにすむ国にすることが大事だろう。
(写真・文/村田らむ)