トランプ米大統領の中東戦略を理解できない国際政治学者やジャーナリストが多いのは実に情けない。
カナダ東部シャルルボワで開かれていた主要7カ国(G7)外相会合は最終日の3月14日、共同声明を出し、閉幕した。今回の共同声明で、筆者がもっとも注目しているのは、パレスチナ問題についての合意だ。
〈中東情勢については、パレスチナ国家を樹立してイスラエルと共存させる「2国家解決」への言及がなくなった。代わりに「パレスチナの人々にとっての政治的展望の必要性」を強調するにとどめた。極端に親イスラエルの立場をとるトランプ政権の意向をくんだものとみられる。〉(3月15日「朝日新聞デジタル」)
G7がオスロー合意でのイスラエル国家とパレスチナ国家の「2国家解決」が不可能になったと認識していることを示すものだ。本件については、トランプ米大統領のガザ紛争解決案と併せて分析する必要がある。ワシントンで2月4日に行われた米イスラエル首脳会談でトランプ氏は奇想天外なガザ復興計画を発表した。
〈トランプ氏は会談の冒頭、「人々は地獄のような生活を送ってきた。ガザは人々が住むべき場所ではない」と語り、居住地として別の選択肢があれば人々はそちらを選ぶだろうと主張。米国がガザを長期的に所有して開発を進めれば中東に安定をもたらすことができるとし、「軽率に決めたことではない。誰もがこのアイデアを気に入っている。何カ月も検討を重ねてきた」と語った。〉(2月5日「朝日新聞デジタル」)
ガザ地区からパレスチナ人を追放することを前提とする新種の民族浄化案のように見える。ただしトランプ氏が「軽率に決めたことではない」と言っている以上、この案が単なる思い付きでないと見た方がいい。トランプ氏は、一種の認知戦を仕掛けているのだと思う。
多くの人が「トランプ氏ならばリヴィエラ構想(米国がガザを長期所有し中東のリヴィエラと称される国を目指す)を強行しかねない」と思う。そうすることでトランプ氏は、人々の常識を崩して、ゼロから考えられるようにする。
ただし、トランプ氏はその先のシナリオも持っている。ガザのパレスチナ人を受け入れる先として、記者会見でトランプ氏がエジプトとヨルダンの国名に言及したことが重要だ。ガザ地区に多数のパレスチナ人が住んでいるのは、1948年のイスラエル独立戦争(第一次中東戦争)のときにエジプト軍がこの地域を占領したからだ。
またヨルダン川西岸をパレスチナ人が実効支配しているのは、1967年の六日戦争(第三次中東戦争)後、ヨルダンがこの地域の実効支配を放棄したからだ。パレスチナ問題に関して、エジプトとヨルダンには特別の歴史的、道義的責任がある。
もはやイスラエルとパレスチナという2つの国家が並存するというオスロー合意を実現することは非現実的だ。ガザにあるパレスチナ人による実効支配地域はエジプトが、西岸のパレスチナ人実効支配地域はヨルダンが後見するというシナリオをトランプ氏は考えているのだと思う。
佐藤優(さとう・まさる)著書に『外務省ハレンチ物語』『私の「情報分析術」超入門』『第3次世界大戦の罠』(山内昌之氏共著)他多数。『ウクライナ「情報」戦争 ロシア発のシグナルはなぜ見落とされるのか』が絶賛発売中。