今年5月、かつて日本のボクシング界に名を轟かせた男が酒気帯び運転で逮捕されていた。逮捕当時、まっすぐ歩けないほど酩酊していたという被告に下された判決とは? そして法廷で明らかにされた過去の“余罪”とは? お笑い芸人で裁判ウォッチャーの阿曽山大噴火がリポートする。
検索エンジンに被告人の名前を入れると「現在」という単語が一緒に検索されていて、現在の生活を気にしてる人が多いようです。それくらい昔は輝いていた有名な人物というのがわかります。そんな元プロボクサーの男の裁判傍聴記です。
罪名:道路交通法違反
被告人:40代の介護福祉士
起訴されたのは、今年の5月に東京都杉並区の路上で、被告人が酒気を帯びて車を運転したという内容です。
検察官の冒頭陳述によると、犯行前日の夕方。被告人は杉並区の現場付近のコインパーキングに車を停めて、兄と一緒にタクシーに乗って東京ドームへ行き野球観戦をしたという。その後、飲食店で酒を飲み、兄とは別れて被告人は1人でコインパーキングに戻ってきたらしい。そして、車内で妻と1時間ほど電話をした午前0時過ぎ。被告人は酒に酔っ払った状態で車を運転。530メートルほど走ったところで家屋の壁に衝突し、さらに50メートル先の電柱にぶつかり、目撃者の110番通報により駆けつけた警察官に逮捕されたというのが事件の流れになります。
取り調べに対して被告人は「野球を見ながらビールを1杯、居酒屋でハイボール3杯、緑茶ハイ5杯。そして駐車場で缶のハイボール1本を飲んだ」と供述していて、かなりの量のアルコールを飲んでいたようです。現行犯逮捕した警察官によると、被告人は真っ赤な顔で直立歩行が出来ず強い酒臭がしたそうです。
法廷には、被告人とグループホームで一緒に働いている介護士の同僚が出廷して、今後の監督を約束していました。そして、被告人質問です。まずは弁護人から。
弁護人「事件の話の前に……奥さんとお子さんとは別居してて、現在調停中だと」
被告人「妻が他の男といて、その写真を子供が見つけて、妻に手を上げてしまって…」
弁護人「去年の7月に傷害で逮捕されて不起訴になった件がそれですかね?」
被告人「はい」
弁護人「他にも暴力を振るって、不起訴になってますよね」
被告人「それは子供をソファに投げたりして…」
弁護人「話し合いはしてるんですか?」
被告人「インスタのビデオ通話で週に1回」
元プロボクサーにもかかわらず暴力を振るってしまった過去があって、離婚の話し合いが持たれているようです。
弁護人「それで飲酒運転をする前に車の中で奥さんと1時間くらい通話してたと。内容は?」
被告人「覚えてません」
弁護人「取り調べでは、車内で仮眠を取ったと答えてますが、何故ウソをついたんですか?」
被告人「22時頃に車に戻って寝た記憶だったので。でも、ドライブレコーダーの映像見たら寝てませんでした」
インスタグラムのビデオ通話の内容を覚えてないだけじゃなく、仮眠したと思い込んでたほど酔っ払ってたわけですね。
弁護人「再犯しないためにどうしますか?」
被告人「週に5回くらい飲んでて量も多かったので、減らします」
弁護人「あと、暴行は?」
被告人「はい」
この裁判で罪に問われてるわけじゃない暴力もやめるとの約束です。引退しているとはいえ、元プロボクサーの拳は凶器ですからね。続いて検察官からの質問。
検察官「車で現場の近くに行って、そこから東京ドームって離れてるけど運転手だったんですか?」
被告人「東京ドームの周りは駐車場料金が高いので、兄の店の近くに駐めて、タクシーで行こうって話になりました」
検察官「野球観戦して、居酒屋に行って。あなただけコインパーキングに戻ったと。で、どこへ行こうとしてたんですか?」
被告人「兄の店の隣に駐車場があるんですけど、そっちに移動させようかなって。コインパーキングだとお金かかるんで」
検察官「通り越してません?」
被告人「それでグルッと周ってから車を入れようかなぁと思ったんじゃないかと」
目的地である兄の店を通り過ごしていたらしく、被告人も記憶が無いので今から振り返って推測です。最後は裁判官から。
裁判官「ドライブレコーダーの映像見た?運転時間は短いんだけど、自分が喋ってるとこ見てどう?」
被告人「かなり酔ってますね。運転したのも覚えてなくて」
裁判官「意味のわからない叫び声とか、ドアあけてくれって連呼してたのは見ました?」
被告人「エアバックでドアが全く開かなかったのは覚えてるんですけど」
エアバックが膨らんで苦しかった記憶だけは残っているようです。
裁判官「カーナビが事故を感知して『録画を開始します』ってアナウンスしたのに対して『うっせぇバカ』って言ったのは?」
被告人「覚えてないです」
ドライブレコーダーのかなり細かいところまで裁判官がしっかり見てたのがわかったところで…。
裁判官「飲酒運転の車は凶器だと言われるんですけど、まさにそれを現実化してますよ。なんで運転したんでしょう?」
被告人「家族と離れて独り身になって、淋しい思いだったり、心の隙間があったのかと思います」
裁判官「もし、これで人が亡くなってたとしてその答えを遺族が聞いてどう思います?」
被告人「納得出来ないです」
と、述べたところで被告人質問終了。拳が凶器になるボクサーに対して、飲酒運転の車は凶器だとの指摘ですよ。被告人に伝わってたのかどうか。
検察官が懲役10月を求刑したので、これで閉廷かと思ったら、この後、判決が言い渡されて結果は懲役10月執行猶予3年でした。不幸中の幸いで人身事故にならず、被害弁償も保険会社を介して全て弁済してるので執行猶予を付けたとのこと。
ボクサー時代を知ってる人にとってはガッカリな生活環境になっていたようです。
阿曽山大噴火(あそざん・だいふんか)
大川興業所属のお笑い芸人であり、裁判所に定期券で通う、裁判傍聴のプロ。裁判ウォッチャーとして、テレビ、ラジオのレギュラーや、雑誌、ウェブサイトでの連載多数。