6月13日にイスラエルがイランを本格的に空爆した後、国際情勢が極度に緊張している。現在連載している「松尾国男大使の華麗なる半生」は1回休んで、イスラエル・イラン関係につて扱うことにする。
〈イスラエルとイランの攻撃の応酬をめぐり、トランプ大統領が、イラン最高指導者ハメネイ師の殺害を狙ったイスラエルの計画を阻止していたと、ロイター通信が15日に報じた。一方、イスラエルのネタニヤフ首相は計画の有無について明言しなかったが、イランの体制転換の可能性に触れ、さらに攻撃を拡大する意向を示した。
ロイター通信などによると、ハメネイ師を殺害できる機会があると、ここ数日の間にイスラエル側から連絡があったが、トランプ氏が計画を退け、実行には移されなかった。 米政府高官は、イランが米国人を殺害していない限りは、イランの政治指導者を標的にすることはないとの考えを示したという。〉(6月17日「朝日新聞デジタル」)
筆者は、アメリカのトランプ大統領の働きかけを賞賛する。ネタニヤフ・イスラエル首相は頭に血が上っていて、戦後処理について考える余裕がなくなってしまっているようだ。イランの司令塔であるハメネイ最高指導者を暗殺すれば、イランは絶対に引き下がることができなくなり、この戦争は国家の存亡を賭した宗教戦争になる。
イスラエルにイランの体制転換を実現する能力はない。アメリカが外交チャネルと共にインテリジェンス・チャネルを通じて、この現実をイスラエルの政策意思決定に参与する人々に正確に認識させる必要がある。
ネタニヤフ氏はイスラエルの国力を過大視し、イランの国力を過小評価している。現時点の軍事的優位性に興奮し、現実が見えなくなっているようだ。
6月16日夜、イスラエル軍はイランの首都・テヘランにある国営テレビ局を攻撃し、生放送が中断した。イスラエルは国営テレビ局を狙うことによって、生放送を中断させる現場をイラン国民に見せ、「お前たちの政府にわれわれの攻撃を防ぐ力はない」と心理的動揺を与えることを狙ったのだろう。
しかし、この心理戦は逆効果と思う。多くのイラン国民に「このままだとイスラエルに何をされるかわからない。今のイスラム主義体制には不満があるが、この状況では政府の下で団結するしかない」という認識を抱かせる可能性が高いからだ。
イスラエル人(≒ユダヤ人)は誇り高き民族だ。同時にイラン人(≒ペルシア人)も誇り高き民族だ。敵国民の戦意を喪失させることを目的とする心理戦が、却って敵国民の団結を強化する結果をもたらすことになる。
筆者が外務省の主任分析官を務めていた頃(1998~2002年)に親しくしていた「モサド」(イスラエル諜報特務庁)の工作担当幹部も分析官も、イラン人のプライドを毀損するようなインテリジェンス工作を極力避けていた。「モサド」の文化も変わりつつあるのかもしれない。
佐藤優(さとう・まさる)著書に『外務省ハレンチ物語』『私の「情報分析術」超入門』『第3次世界大戦の罠』(山内昌之氏共著)他多数。『ウクライナ「情報」戦争 ロシア発のシグナルはなぜ見落とされるのか』が絶賛発売中。