「日本ニ来タラ飛田ニ行カズニ帰レルカ!」インバウンド客たちのそんな声が聞こえてきそうだ。今や世界のTOBITAとなった遊郭・飛田新地。万博開幕前から外国人客が増え、迎え撃つ遊郭側も万全の態勢でこの商機に備えている。一般メディアが報じない水面下の生々しい攻防戦に迫る─。
想定来場者2820万人─大阪・関西万博開幕を前に、飛田新地を巡り、さまざまな見方が錯綜していた。
「あの街をそのまま見せるのは対外的に体裁が悪い」
「全店休業するのでは」
かつてのG20大阪サミット(2019年6月)開催時、飛田は営業自粛を敷いた。これは行政側からの指示ではなく「飛田新地料理組合」の自主判断だった。
果たして、今回の万博とインバウンドを飛田はどう迎えているのか?
「飛田で生きる」「飛田の子」「飛田をめざす者」(いずれも小社刊)の著者で元遊郭経営者、現在は飛田で働く女性のスカウトマンを務める杉坂圭介氏は、現状をこう語る。
「国や府からの自粛要請は今回もありません。むしろ日本人、外国人ともにお客さんが増えるビジネスチャンス。万博は大歓迎です」
飛田があることで、近隣の飲食店や宿泊施設、交通機関などの地域社会にもたらされる経済効果は大きい。自治体側も安易に自粛要請はできないのだろう。
とはいえ、集客増によるトラブル防止策は必須。杉坂氏が続ける。
「府や府警の信頼を裏切るわけにはいきませんし、近くの方々への迷惑は絶対に避けなければなりません。昨年から見回り専用の警備員を配置しましたし、今年に入ってからは夕方だけでなく朝から警備態勢を敷けるように増員しています」
昨今はトラブルもなく、摘発もほとんどないという。地域最優先の取り組みが奏功しているのだ。
しかし課題はある。飛田は日本有数の遊郭で、文化財として認められた木造料亭が現存する歴史の街だ。そんな古式ゆかしい景色を撮りたい観光客は、街のあちこちにカメラを向ける。飛田は基本、撮影禁止だ。
さらに、撮影した写真や動画をSNSに投稿する輩も少なくない。明らかな盗撮もあり、店の女の子の顔がネットにさらされることもある。それを恐れて辞めた子もいるそうだ。再び、杉坂氏が話す。
「盗撮は正直言ってなくなりません。昔のようにカメラ持参でなく、スマホで目立たず撮影する。外国人だけでなく、日本人のお客さんによる盗撮も多く、飛田の街を車で移動しながら撮ったりするんですよ。車が通る時は店の上がり框がまちにいる呼び込みのおばちゃんが、団扇や手鏡で女の子の顔を隠したりしています。室内での盗撮対策として、中に入ったら設置してある小物入れにお客さんのスマホを入れてもらっていますが、メガネや腕時計などに仕込んだカメラで盗撮する者も‥‥。『不自然な動きをするお客さんには気をつけて』と注意喚起してはいますけど」
飛田の街を歩けば昔も今も至るところに「撮影禁止」の看板があり、カメラやスマホを向ければ、呼び込みのおばちゃんがすかさず「撮影禁止だよ!」、外国人には「NO PHOTO!」と怒声をぶつける。
女の子たちは盗撮はもちろん、遊び目的でない好奇の目を嫌う。同性の女性が観光ついでに来るのは特に嫌がるそうだ。それを知っているおばちゃんたちは、明らかにふらりと来た一般女性を見つけると、男性の冷やかし客に対して放つ怒声以上に強烈な言葉を浴びせることが大昔にはあったようだ。
「最近でも似たような状況はありました。アニメ『鬼滅の刃』で“遊郭編”がスタートした当時(21年)です。ファンの若い女性たちが興味津々『遊郭って今もあるらしいよ』と飛田の通りに集まって大問題になりました。おばちゃんたちにしても、さすがに年端も行かないお嬢さんを怒鳴りつけるわけにいきません。そうした過去があるので、今年のNHK大河ドラマ『べらぼう』がどんな影響を与えるかが目下、気になっているところです。江戸の吉原が舞台ですからね。実際、遊郭に興味を持った女性たちの姿はすでに見られ始めています。万博ついでに遊郭見物に来る女性が増えてしまうのではないかと‥‥」(杉坂氏)
(つづく)