霊峰・富士が〝恐ろしの山〟と化している。7月10日の山開き(静岡県側)から1週間もたたぬうちに4人もの死者が出る異常事態となっているのだ。富士ご来光に挑む前に、知っておきたい「富士登山の非常識」を胸に刻むべし。
「一生に一度はチャレンジしたい」
そう考える人は少なくないだろう。ただ、見た目は優美な富士山も、時には登山客の命を狙う峻厳さを持つことを知っておくべきだろう。中でも最も恐ろしいのは、酸素が薄くなる高所で起こる高山病だと注意を促すのは登山家の野口健氏だ。
「高山病になると、吐き気や頭痛をもたらすだけでなく、思考力が低下するという症状もあります。この思考力低下が厄介で、ベテランの登山家でも判断を誤って、事故を起こしてしまうほど。また、酸欠状態になれば血行障害によって血流が悪くなるので、低体温症などの別の症状も引き起こしやすくなります。そもそも、富士山を日帰り登山するなんて本来であれば無茶なこと」
富士山の標高は3776メートル。野口氏がヒマラヤに挑戦する時は、2700メートル地点から10日かけて5300メートルのベースキャンプに向かうという。
高山病を回避するために、何をすべきか。
「『水分補給を怠る』『急いで登る』はNG。こまめに水分を摂って、トイレで出すようにしてください。急いで登ろうとすると、その分、高山病リスクが高まります。時折、ベンチに座って景色を楽しみながら、写真を撮りながら、時間に余裕を持って登りましょう。あと、高山病対策用の酸素スプレーが売店で売られていますが、あれを使っても血中の酸素濃度は変わらないので、ほとんど意味がないですね。僕ら登山家が酸素を使う時は2リットルくらいの酸素を15~20分ほど吸って、ようやく自覚症状が出てきます」
夏になれば熱中症が猛威を振るう。富士山では、熱中症の逆の低体温症で命を落とす観光客が少なくないという。その危険性について、山岳専門の気象予報士・猪熊隆之氏が警鐘を鳴らす。
「高所になればなるほど、気温は低くなり、風も強くなります。この低温と風は体温を下げる大きな原因です。加えて、悪天候も重なれば、加速度的に体温が下がってしまう。低体温症になると、高山病と同じように思考力が低下して、冷静な判断ができなくなります。中には寒いのに裸になってしまう人もいるんですよ」
低体温症の初期症状は身体の震え。もし、その症状が出たら避難し、熱を生み出す糖分を摂ることを猪熊氏は勧める。
「ポケットに飴やチョコを入れておいて、すぐに食べられるようにしましょう。できれば、炭水化物とブドウ糖が摂取できる大福やどら焼きがベストですね。だからこそ、いざという時のために『糖分を用意しない』ということは避けたいですね」
野口氏は、低体温症を防ぐために、インナーの替えを用意するよう提言する。
「富士登山で『インナーの替えを用意しない』のは命取り。標高が低いうちは、汗をかきますから速乾性のインナー、標高が高くなって気温が下がってきたらウール系のインナーなど、最低でも3枚は着替えを用意したい。雨具は当然大切ですが、一番肌に近いインナーにもこだわってほしいですね」
肌着離さずが山の常識!
(つづく)