池上彰が特別講義「習近平が狙う台湾乗っ取り」(1)なぜアメリカは台湾にこだわるのか

 軍靴の音が忍び寄っている。ロシアのウクライナ侵攻が長期化する中、今や戦火は東アジアにも飛び火しかねない不穏な情勢だ。「台湾有事は起こる?」「習近平の狙いは?」「トランプが再び大統領に?」「その時、日本は?」─太平洋を挟んでにらみ合う「米中新冷戦時代」をジャーナリストの池上彰氏がスパッと解説!

─このところ、東アジアでキナ臭いニュースが続いています。

池上 確かにそうですね。4月初旬に、台湾の蔡英文総統(66)が米国を訪問しました。これに対し、中国は即刻反発し、台湾周辺で軍事演習を実施しています。

─中国は昨年の夏にも軍事演習を行っています。もはや米中は一触即発の緊張状態なのでしょうか?

池上 そう性急になってはいけませんね。実は、アメリカも中国も表向きとは違って、かなり自制しています。というのも、前回はペロシ前米下院議長が電撃的に台湾訪問したことによって中国は激怒。台湾を包囲する形で大規模な軍事演習を行いました。ところが、今回は、蔡総統は中南米に行く途中、アメリカで乗り継ぎを行い、そこでケビン・マッカーシー米下院議長に会うという形をとったわけです。これに対し、中国側の軍事演習も小規模な報復にとどまっているのです。

─本音では衝突を避けたいということでしょうか。

池上 はい。実はバイデン政権は昨年の台湾訪問の際に、「中国を刺激しすぎる」と下院議長を引き留めていました。結果として、訪問してしまったわけですが、今回は、下院議長は台湾訪問を行いませんでした。しかも、この会談は非公式でプライベートという形にしています。

─それにしても、なぜ、アメリカは台湾に関与するのでしょう?

池上 はい、説明しましょう。アメリカと中国が国交を結んだのは、1972年になってからのことです。米議会では、それ以前から国交のあった台湾を見捨てるべきではないという意見が強く、「台湾関係法」を成立させました。これは、もし台湾が他国の侵略など受けた場合、合衆国憲法に従って適切な対応をとるというものです。

─いざという場合、米軍が台湾を守ることになっているわけですね。

池上 ところが、必ず守るとは書いていないのです。台湾を守るために適切な対応として軍を派遣するかどうか、その時の議会が決めるとしているんです。今回、ロシアがウクライナに軍事侵攻したとき、アメリカはウクライナに武器は送ったが、軍を派遣することはしなかった。そのため、台湾の世論の中には、いざ中国が台湾を攻撃した時もアメリカは台湾を助けないのではという不安が出たのです。その不安を払拭するために下院議長は、蔡総統と会談しているわけなんです。

─なるほど、そうだったんですね。

池上 表面上、両国とも建前では許しがたい、と対立してみせてはいますが、実際には、必要以上に緊張を高めることに対しては、非常に抑制的になっているわけです。

(つづく)

池上彰(いけがみ・あきら)1950年長野県生まれ。1973年にNHK入局。現在はフリーランスのジャーナリストとして活躍するほか、名城大学教授、東京工業大学特命教授、東京大学客員教授として教鞭をとる。近著に「そこが知りたい!ロシア・ウクライナ危機 プーチンは世界と日露関係をどう変えたのか」(徳間書店)がある。

ライフ