漫才、ピン芸人、コントの日本一を決めるメジャーコンテストに肩を並べるべく、17年に始動したのが「女芸人No.1決定戦 THE W」。吉本興業と日本テレビが主催する女性芸人の頂上決戦だ。これまでに、ゆりやんレトリィバァ、阿佐ヶ谷姉妹、3時のヒロイン、吉住、オダウエダが優勝。冠レギュラー番組を抱えるまでになった阿佐ヶ谷姉妹、CM起用が多いゆりやん、情報番組でも人気の3時のヒロインなど、持ち味を生かして活躍している。
そんななか、いまだブレイク前夜にあるのが小田結希&植田紫帆のオダウエダ。色白美形の小田と、ぽっちゃり長髪の植田。フリートークの面白さには定評があるが、特に注目されているのは小田の黒歴史だ。
高校3年生のときに吉本興業が運営するタレント養成学校のNSCに入学しているが、その前の“住所”は駆け込み寺だった。小学生でバレーボール、中学生でソフトボールに打ち込んだが、高校進学後にドロップアウト。悩んだ母親が送りこんだのは、地元の愛媛県から車で6時間以上もかかる愛知県内の駆け込み寺だった。
「そこは“平成の駆け込み寺”としてさまざまなメディアで取り上げられた西居院。廣中邦充さんという住職が96年から20年近くのあいだに、無償で1000人以上の非行少年少女たちを預かりました。小田さんはそこで衣食住の生活リズムを取り戻し、更生できたのです」(芸能ライター)
廣中氏は19年に68歳で病死。平成の駆け込み寺は「ザ・ノンフィクション」(フジテレビ)で取り上げられており、同氏が衰弱していく過程、死後は追加取材が進められ、再編集して放映。完全版は20年、「第36回ATP賞テレビグランプリ」のグランプリを獲得している。
そんな寺から実家に戻った小田だったが、今度は引きこもりの生活に転落。しかし、テレビで観た「めちゃ×2イケてるッ!」(フジテレビ系)でナインティナインの岡村隆史にあこがれ、NSCに入学した。
「若かったころはキレイだったようで、大阪で芸人をやりはじめたころ、繁華街の道頓堀で霜降り明星のせいやとコロコロチキチキペッパーズのナダルに路上ハントされています。『ごはん行こうや』と声をかけられて、『ごめんなさい。あたしたち芸人です』と断ったらしい」(前出・芸能ライター)
せいやはM-1王者で、ナダルは「キングオブコント」王者。そんな2人が声をかけた女性2人はオダウエダ。奇跡的に、男女4人全員が優勝者。笑いの街・関西でも極めてマレなエピソードと言えるだろう。
(北村ともこ)