10年ほど前、京都・嵯峨野の寂庵におじゃまして寂聴先生と対談しました。私は京都で生まれ育ち、寂庵のある辺りはよく散歩する場所ですが、こんな素敵な庵があったことに驚きました。
直にお話しする寂聴先生は、テレビなどでお見かけする姿そのまま。落ち着いて超然としたオーラのある方です。緊張して言葉が出ない私に、難しい文学の話ではなく、これからの人生をどんなふうにしていくつもりかと尋ねられ、「恋愛をいっぱいしなさい」と話されました。
実は今年に入って「老妓抄」や「鮨」が収録された岡本かの子の短編集を読んで、なんておもしろいのだろうと思っていました。寂聴先生は生前時のインタビューでも「かの子撩乱」(講談社文庫)について触れられていましたので、先生としても自信作に違いないと思い、さっそく読みました。
「かの子撩乱」は岡本かの子の生涯を描いた長編小説です。岡本かの子は、大正から昭和初期に活躍した歌人で小説家。夫は漫画家の岡本一平。二人の間に生まれたのが芸術家の岡本太郎です。岡本かの子という人の強烈な魅力と人生、そして自由奔放で個性的な岡本家の姿を描きます。一家に寂聴先生が生命力を吹き込んだことで、エネルギッシュな小説になっています。
「生きて行く私」(中公文庫)は宇野千代先生の自伝的小説。宇野先生の本は、30歳を超えてから読むようになりました。読むたびに元気づけられます。状況に関係なく幸せに生きることの大切さを考えさせてくれます。
小説の中の、先生が教師だった時の恋愛エピソードが印象的です。宇野先生は他校の教師と恋に落ち、生徒にラブレターを渡しに行かせたり、学校から禁止されて強制的に別れさせられたり。別れた後も会いに行って、今度は相手から冷たくされてしまう。その後も宇野先生は恋愛を重ねますが、若い頃のこの激しい恋愛の話が、私はいちばん好きです。
宇野先生はご両親を早くに亡くし、結婚しても離別するなど、別れの多い人生でした。でもご本人はそれを喪失と受け止めず、常に新しい人との出会いを大切にしました。失っても輝く幸せが描かれています。
綿矢りさ(わたや・りさ)84年京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒業。01年「インストール」で文藝賞を受賞しデビュー。04年「蹴りたい背中」で芥川賞を受賞。12年「かわいそうだね?」で大江健三郎賞、20年「生のみ生のままで」で島清恋愛文学賞を受賞。『勝手にふるえてろ』『私をくいとめて』など著書多数。
*「週刊アサヒ芸能」12月30日・1月6日号より。(3)につづく