世界の福本豊 プロ野球“足攻爆談!”「松坂世代」と「しごかれ世代」

 松坂の引退試合の球を見るにつけ、寂しさを感じた。もうちょっといいボールを放れるのかなと思っていたけど、あそこまでボロボロになっていたんやな。高校時代から伝説を作ってきた投手やけど、最後の10年ぐらいは故障との戦いで、復活は果たせなかった。それでも、最後は西武時代の背番号18のユニホームで投げているところをファンに見てもらって、幸せな終わり方やったと思う。

 日米通算170勝。松坂も名球会入り条件の200勝には到達しなかった。今の時代は昔と違って先発投手は週1回の登板で、分業制も進んでおり、200勝というハードルは相当高くなっている。野手はシーズンの試合数が増えて、入会条件の2000安打に到達しやすくなっただけに、不公平な感じは否めない。

 結局、野手も含めて、あれだけ球界を席巻した松坂世代から名球会入りが一人も出ていない。現役で最後の一人となったソフトバンク・和田もまだ150勝に届いていない。40歳という年齢を考えると、これから50勝以上積み重ねるのは厳しいやろうな。

 〇〇世代とマスコミがよく使い始めたのは、それこそ松坂世代からやと思う。僕らの1947年度生まれは何も言われなかったけど、もし今みたいに名付けるとしたら、手前味噌になるけど名球会入り8人の「最強世代」。投手は勝ち星順に鈴木啓示、堀内恒夫、平松政次の3人。野手では僕も含めて門田博光、若松勉、藤田平、谷沢健一の5人。これだけのメンバーがそろった理由を聞かれても難しいけど、みんな体も心も強かったのは事実。どつかれてもくじけんかった。そういう意味では「しごかれ世代」の呼び方がしっくりくるかな。

 僕自身は同世代の選手にライバル意識はなかった。もともとプロに入れるなんて思ってなかったから。大鉄高で3年夏に初めて甲子園に出場したけど1回戦負けで、当時から騒がれていたような投手とは練習試合でも対戦したことがなかった。開会式の時は同級生が「平松がおるぞ」と言うので、ミーハー気分で顔を見に行ったほどやった。センバツ優勝投手の岡山東商・平松は女性ファンも多かったし、確かに男前やった。

 僕は松下電器での3年を経て、まさかという形でドラフト7位で阪急に入団した。高卒でプロ入りした鈴木は2年目から20勝を挙げており、ルーキー時代は左対左ということもあって、打席にも立たせてもらえないほどの実力の差があった。初めて同い年の球に驚いたのは、シーズン最後のほうで当たった東映の森安敏明。彼も高卒1年目から4年連続で2ケタ勝利を挙げた剛球投手で、ほんまに速かった。黒い霧事件に巻き込まれ、わずか5年で球界を去ってしまったけど、それさえなければ森安も名球会入りしていたと思う。

 世代でいえば、今の高卒2年目の世代も、これからが楽しみ。オリックス・宮城、ヤクルト・奥川、ロッテ・佐々木と、今年頭角を現してきた。3人とも200勝を狙える逸材。大事なのは大きな故障をしないことやね。バランスよく筋肉をつけて、肩、肘の負担の少ない無駄のないフォームで投げなアカン。松坂も高校時代のほうが、何球投げても疲れないようないい投げ方をしていたと思う。「無事これ名馬」という格言があるけど、宮城らも長く太い活躍を目指してほしい。

福本豊(ふくもと・ゆたか):1968年に阪急に入団し、通算2543安打、1065盗塁。引退後はオリックスと阪神で打撃コーチ、2軍監督などを歴任。2002年、野球殿堂入り。現在はサンテレビ、ABCラジオ、スポーツ報知で解説。

スポーツ