16年のリオデジャネイロ五輪では数千万回のサイバー攻撃が確認されており、12年のロンドン五輪の際にも2億回の攻撃があったとされる。
こうした状況を前に、ようやく政府も動いた。政府関係者が続ける。
「五輪のサイバー攻撃防御の司令塔とも言える、内閣サイバーセキュリティセンターさえも攻撃されたことを見て、いよいよまずいと思ったのか、関係各部署が慌てて対応に走った。公安調査庁を管轄する法務省などは、全国の公安調査局長らを集めた会議をオンライン形式で開催し、上川陽子法務相がテロやサイバー攻撃を未然に防ぐため情報の収集や分析に取り組むよう指示したことを、公表までしている」
だが、こんな拙速な対応が、果たして有効に機能するものであろうか。先の米村氏もテレビ局の取材の中で「危機管理において失敗はつきものだ」と公言している。
しかも、内閣サイバーセキュリティセンターへの攻撃に引き続くかのように、6月にはJOC(日本オリンピック委員会)が昨年4月の時点でサイバー攻撃を受け、業務停止を余儀なくされていながら、その事実を公表していなかったことが発覚した。
発覚後のJOCの発表によると、事務局にあるパソコンやサーバーが次々とウイルスに感染した上、サーバー内にあったデータが書き換えられるなどしてアクセスできなくなったという。
東京五輪の運営にJOCは直接タッチしていないが、同じようなことが大会運営を担う組織委員会で発生したら、とんでもないことになりかねない。周辺の組織・部署についても同様だ。さる警察幹部が語る。
「コロナの感染拡大下でサイバーテロが引き起こされ、通信システムなどがマヒしてコロナ治療の最前線にある基幹病院の通信が途絶したり、医療機器が破壊されて使えなくなったりしたら、すさまじい被害、悲劇を生んでしまう。死者が続出するのではないか。考えるだけでも恐ろしい。また、選手村が狙われて大混乱に陥る可能性もある。それこそ緊急避難的に大人数で移動せざるを得なくなるようなことになれば、関係者を含め、予想外の慌ただしい動きが生じ、結果、コロナの感染が拡大する恐れがある。パニックが巻き起こって、競技に影響が出るのは間違いない」
東京五輪の期間中、選手たちの生活拠点となる東京・晴海の選手村は、都有地18ヘクタールの敷地内に14〜18階建ての宿泊棟を21棟擁するほか、大食堂やトレーニングジム、宗教センターなども設置しており、最大1万8000人の選手や関係者が利用する。
基幹病院の通信システムダウンは言うまでもないが、これほどの規模となる選手村の場合も、万が一の被害の甚大さは到底、看過できるものではない。
先の警察幹部が続ける。
「選手村でパニックが起こって右往左往するような事態になった場合でも、昨年の大型クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号のようなことは断固避けたいところだ」
20年2月、日本のコロナ禍の端緒となった集団感染が、密室化した同客船内で発生し、死者13人、感染者712人を出す惨事を引き起こしたが、そうしたことを懸念しての発言である。
今回の五輪で特に心配されるのは、前述した平昌冬季五輪の際にも注目されたオリンピック・デストロイヤーと呼ばれるマルウエアだという。開催国のインフラなどに攻撃を仕掛け、標的とするシステムに侵入、増幅して驚異的な破壊活動を行うものだ。ロシアのGRUが偵察活動する中には、基幹病院や選手村にかかわる領域も含まれていたとみられている。危機感は増すばかりなのだ。
長官、総監経験者が危惧している「感染拡大」と「サイバーテロ」。その先には、大いなる悲劇もあり得る。現実のものとならないことを願うばかりである。
(ジャーナリスト・時任兼作)
*「週刊アサヒ芸能」7月29日号より