ファンをヤキモキさせつつも史上最年少タイトル獲得を果たした藤井聡太新棋聖。天才VS魔王の対局は予想を超える熱戦になり将棋の奥深さを再発見することになった。前戦の敗北を軌道修正し勝利を勝ち取った17歳の実像に迫る!
「将棋は本当に難しいゲームでまだまだわからないことばかり」
いつもは飄々とした様子の高校生が満面の笑みを見せたのは、初戴冠から一夜明けた17日の午前のことだった。
前日の7月16日、「第91期ヒューリック杯棋聖戦」の第四局(関西将棋会館)で現役最年少プロ棋士・藤井聡太七段(18)が「魔王」渡辺明三冠(36)に勝利し、「棋聖」のタイトルを獲得した。17歳11カ月の快挙に前記録保持者(18歳6カ月)の屋敷伸之九段も賛辞を惜しまない。
「日本中の将棋ファンの期待を実現する形となりました。実にすばらしい偉業です。中盤がとても難しい将棋でしたが、なんとなく渡辺さんのペースで進んでいたように感じます。先手の渡辺さんが選んだ戦型は第二局と同じ『矢倉』。前回敗戦した戦型を選択したことに驚きましたが、何かしらの修正を加えてのリベンジだったのでしょう」
事前研究の成果が出たのか、序盤から中盤にかけて、対局の優劣を判定するAIのメーターはやや渡辺にブレていた。なにしろ渡辺が得意とする「矢倉」の戦型に対し、藤井も負けじと「矢倉」で迎え撃つ、いわば「相矢倉」の展開だったのだ。昭和40年代に一世を風靡したものの、2010年頃から失速。だが昨年から再び脚光を浴びている戦型だ。渡辺が得意とするが、藤井も師匠の杉本昌隆八段にならい、この戦型を身につけていたのだ。両者は譲らず、中盤の80手目に藤井が猛然と反撃に出る。屋敷九段が解説する。
「相手の飛車取りの局面で指した『3八銀』はすばらしい指し手でした。この一手から完璧にペースを握りました」
伏線として、先手7三角成の飛車取りに対しての切り返し。これが決め手となった。一気に形勢が藤井優位に転じるものの、海千山千の渡辺は攻めの手を緩めず、難しい局面は続く。勝利の手綱を完全に引き寄せたのは、88手目の厳しい指し手だった。
「渡辺二冠が飛車取りに打った『6四桂』に対して『4六桂』と攻撃の手を指しました。この場面で藤井七段が守りに入ってしまえば形勢が紛れる余地があっただけに印象的でした。おそらく、自玉が詰まないことを見切って指したのでしょう。他の勝ち筋も見えて、迷いが生じる展開でもありました。手数が進むことで指し手の正しさが明らかになりましたが、あのせっぱ詰まった局面で攻めに踏み込めるプロ棋士はほとんどいないでしょう」(屋敷九段)
相手の得意戦法を受けて立ち、終盤の勝ちパターンにつなげる藤井らしさが発揮された対局だった。反対に渡辺は、難解すぎる中盤に迷いが出たところを一気に押し切られたような形となった。
「渡辺二冠は見通しが立てばビシビシ指していけるタイプ。中盤の方向性がなかなか決められなくて長考が相次いだ影響で、持ち時間を減らしてしまいました」(屋敷九段)
泰然自若の藤井に対し、渡辺は時には相手を翻弄するようなリアクションで形勢逆転することもあるが、今回ばかりは終局間際には持ち時間をなくして1分将棋を余儀なくされてしまう。もはや焦りを隠しきれなかったのか、口を開いて視線を盤上から外す姿や、必要以上に顔を扇子であおぐシーンも。
藤井も昼食明けに60分の長考となったが、むしろ平常運転。第3局で黒星を喫してからわずか1週間の間隔にもかかわらず、自身が課題としている時間配分を補うように、逆に相手の時間を削る指し方へと「進化」を遂げていたのだ。