読書にせよ執筆にせよ、とにかく静謐な軽井沢では捗るので、「在軽」の時間が年々長くなっている。だから、普段着など、大抵のショッピングは駅前のアウトレットで済ませてしまう。アジア諸国からのインバウンドの観光客にも人気のスポットだ。好みのネクタイの色や柄について時に意見が異なる家内と一致するのは、すれ違う人々が話している言葉を聞くまで何処の国の人間か全く分からなくなった点だ。
昔は、こんなことはなかった。1980年代、ニューヨークのコロンビア大学に留学していた頃、アジア人女性好きのユダヤ系アメリカ人の同級生からこう言われたものだ。
「日本人を他のアジア人から見分けるのは簡単だ。バッグと靴だ。日本人の女の子は、ヴィトン、グッチ、セリーヌなどのバッグを抱えて、靴は上品なパンプスを好む。しかも歩き方は草履文化のなごりか足を引きずるように歩く。一発で朝鮮人や中国人と見分けがつく」
そう言われた自分も、日本を出る時にうら若き女性から餞別に貰ったヴィトンのクラッチバッグを抱え、コールハーンのローファーでコロンビアのキャンパスを闊歩していた時代だった。
「失われた30年」の議論に簡単に首肯できない私でも、日本が変わったと思うのは服装だ。
ユニクロやZARAでのコスト削減は結構。だが、TPOにふさわしい格好ができているか?着飾るべき時に、貧相になってないか?これが最大の問題だ。
そんな日本の現状を鮮明にあぶり出したのが、先般の石破総理夫妻のベトナム訪問時の服装だった。
ベトナム政府要人が待ち並ぶ空港に降り立った石破夫人。赤絨毯の上で歩を進めた時の服装は世間の耳目を集めた。
はっきり言おう。地元の鳥取で町内会の炊き出しに駆け付けるときには最適の服装だったろう。アッパッパーの如きシルエット、気取らない生地。だが、日本国の総理大臣が夫妻で東南アジアの友邦に駆け付けるときにふさわしい服装だったのか?
そうした問題意識に立った私のXでのツイートは大きな反響を呼んだ。大多数の人が賛同を示した。だが、ごく一部は、頑ななまでに反論してきた。曰く、「外見だけを重視するルッキズム」「高温多湿のベトナムで上着は不要」などなど。
焦点になっているのは、いち日本人女性がコンビニに牛乳を買いに行く際の恰好ではない。中国の習近平が取り込みにかかっている東南アジアの最重要国に日本国の総理大臣が赴く際に同行する総理夫人の服装だ。
「さすが日本」「やはり日本は違う」とのメッセージを出して欲しかったと切に思う。
なのに、英国マッキントッシュ社製の安物のワンピ-スに包まれ意気揚々と主役である旦那の前を歩いていく。これが今の総理夫人、大和撫子なのか?福島瑞穂議員のような庶民の味方を気取る反体制・左翼政治家でさえ、銀座マギーと思しきスーツを着て国会審議に臨んでいる。そんな姿を見ている筈の人々が何故問題に気づかないのか?
「ワンピースは儀礼に反しない」などと賢しげに指摘してきた輩に言おう。
「そのとおり。だが、ワンピースの質こそが問題。上品なら良い。あの程度の安物を着るなら、ジャケットやボレロを羽織るのが常識だ」
日本社会が伝統的に引き継いできた嗜みをわきまえず、みすぼらしい服装の非さえ認識できない連中が日本国の世評とイメージを貶めていく。
こんな日本に誰がしたのか!?
●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、2000年ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、07年茨城県警本部警務部長を経て、09年在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年国際情報統括官、経済局長などを歴任。20年駐豪大使に就任。23年末に退官。同志社大学特別客員教授等を務めつつ、外交評論家として活動中。著書に「南半球便り」「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)、「歴史戦と外交戦」(ワニブックス)、「超辛口!『日中外交』」(Hanada新書)、「国家衰退を招いた日本外交の闇」(徳間書店)、「媚中 その驚愕の『真実』」(ワック)等がある。