本書の題名を見た途端、腹の立つご同輩が多いに違いない。「バカ老人」と聞けば、72歳のわたしも、正直なところ心穏やかならないものがある。
ただ、そう言う著者も1947年生まれ。今年77歳の喜寿を迎える老人なのである。「まえがき」で、「ミもフタもない言い方で申し訳ない」と断っているし「当然、わたしも入る」と自身のバカなところを晒しもする。まずは「人の振り見て我が振り直せ」の気持ちで受け止めてみようではないか。
とはいえ、最近のニュースや老人の実態をレポートした本から拾った事例は、相当にバカなものばかりだ。いわゆる「キレる老人」が公共機関やスーパーで独善的に怒鳴りまくったり、除夜の鐘や保育園の子どもたちに「うるさい!」と苦情通報したりする事例を読むと、反面教師として気をつける機会にもなる。
しかし、他人には通じない、手前勝手な論理を振り回して暴力に及ぶとなると「老害」呼ばわりされても仕方あるまい。特に、首長や議員の立場にある者たちの権力を笠に着たセクハラ、パワハラの数々には有権者として腹が立つ。今年明るみに出た国会議員たちの詐欺行為や裏金作りの、ていたらくを考えると「バカ老人政治家」が一番タチが悪そうだ。また、彼らの年甲斐もない幼稚な思考には驚かされる。「バカ老人の最高峰」と断定される某県現職知事の不倫報道で暴かれた、愛人へのメール文面には呆れてしまった。
それらが、怒りだけでなく笑いを込めつつ語られる調子は、さすがの毒舌ぶりである。思想家・吉本隆明を論じた硬い著作もある一方、近年は「定年バカ」(SB新書)など、様々な場面でのバカな行いをあげつらってきた著者だけに、矛先は我々だけでなく、あらゆる方面にまで向けられていく。
男性だけでなく、女性の老人の勘違いした行状をあげつらい、そんな勘違いを生む元凶としてマスコミの劣化を指弾する。ことにテレビ番組に対する攻撃は、同感できるものが多いだけに痛快だ。タレントやアナウンサーが実名で血祭りにあげられる。また、老人向けベストセラー本にツッコミを入れたかと思うと、「タイパ」「サブスク」「マイナ」といった安易な片仮名略語を攻撃する。このへん、結構共感してしまう。
極めつきは、「世界三大バカ老人」としてプーチン、習近平、ミャンマー軍事政権のトップであるミン・アウン・フラインを挙げるくだりだ。いずれも、やりたい放題の独裁者であり、日本のバカ老人政治家よりはるかに害悪をもたらす。
そう、本書は決してバカをからかうだけには終わらない。終章には著者が理想の生き方と思う市井の老人が紹介されるのも、後輩老人として参考になる。
《「バカ老人たちよ!」勢古浩爾・著/1210円(夕日新書)》
寺脇研(てらわき・けん)52年福岡県生まれ。映画評論家、京都芸術大学客員教授。東大法学部卒。75年文部省入省。職業教育課長、広島県教育長、大臣官房審議官などを経て06年退官。「ロマンポルノの時代」「昭和アイドル映画の時代」、共著で「これからの日本、これからの教育」「この国の『公共』はどこへゆく」「教育鼎談 子どもたちの未来のために」など著書多数。