なにしろ、20年以来猛威をふるったコロナ禍がやっと収まってきたかと思えば、22年2月に始まったウクライナとロシアの戦争が2年以上過ぎても延々と続いている。そこへ、23年10月のイスラエルを襲うハマスによる大規模テロをきっかけに起きた、パレスチナ暫定自治区ガザに対する、いつ果てるとも知れぬ迫害だ。さらにはイスラエルとイランの関係も悪化し、空爆の応酬となった。
いったい、世界情勢はどうなっているのか? 教えを請いたくなるではないか。それにズバリ答えてくれるのが本書である。池上彰といえば、10年近くにわたり放送中の「池上彰のニュースそうだったのか!!」(テレビ朝日系)をはじめ、多数のテレビ番組に出演して時事問題をわかりやすく解説してくれる、この分野の第一人者だ。
NHK記者としてキャリアを積んだ後「週刊こどもニュース」のお父さん役で人気を博し、独立してからは世界を股にかけて取材に回ると共に、さまざまなメディアで活躍しているのは誰もがご存じだろう。
期待通り、明快な内容だ。広く知られているウクライナでの戦況を論じる項でも、事実関係だけでなく、ロシアという国が、軍事作戦における人的犠牲を気にせず、どれだけの死傷者を出そうが、民間人に犠牲が及ぼうが平気で兵力の潰し合いを続行できる特殊性を示してくれるので、なぜ泥沼化しているかが腑に落ちる。
ガザ地区問題の方も、イスラエルとアラブの紀元前に遡る対立の歴史をわかりやすく前置きしておいて、今回の抗争の裏に20年の「アブラハム合意」があるというのだ。イスラム圏の国々が必ずしも一枚岩でなく、この合意に基づき、イスラエルと国交を結ぶ国が何カ国かあったために、中東地域全体が不安定化したのだと聞くと、イランが争いに加わってきた理由が理解できる気がする。
他にも話題は豊富だ。今年11月に迫るアメリカ大統領選挙の展望では、過去に現地で直接取材したナマの現場感覚を生かして両候補の選挙戦が有する問題点を挙げ、結果の行方を追う興味をかきたてる。近隣の東アジアでは、世界覇権を狙っていそうな中国の現状を分析し、それを取り巻く台湾、北朝鮮、韓国の思惑まで明快に紹介し、単に「中国が台湾を攻める!」とか「北朝鮮が核を使う!」とかの煽り言説に惑わされるのではなく、わたしたち自身が状況判断すべきなのだ、と思い当たらせてくれる。
そして「課題が山積みの日本」と題した終章では、昨今の混迷する日本政治を予見したかのように、旧統一教会、原発、地震対策などの見過ごされてきた課題を鋭く指摘している。なるほど、日本社会の危うい情勢も「世界情勢」の一部なのだった。
《「一気にわかる! 池上彰の世界情勢2024 ガザ紛争、ウクライナ戦争で分断される世界編」池上 彰・著/1100円(毎日新聞出版)》
寺脇研(てらわき・けん)52年福岡県生まれ。映画評論家、京都芸術大学客員教授。東大法学部卒。75年文部省入省。職業教育課長、広島県教育長、大臣官房審議官などを経て06年退官。「ロマンポルノの時代」「昭和アイドル映画の時代」、共著で「これからの日本、これからの教育」「この国の『公共』はどこへゆく」「教育鼎談 子どもたちの未来のために」など著書多数。