前大脳動脈解離によるくも膜下出血と脳梗塞で休養していた爆笑問題の田中裕二が3月8日、「熱闘!Mリーグ」(テレビ朝日系)で復帰を果たした。ここ数年の田中は相方の太田光と異なり、多くのアクシデントに見舞われている。12年には、伝染性単核球症で肝機能障害を発症。昨年は夫婦で新型コロナウイルスに罹患し、隔離生活を余儀なくされた。
そんな田中は、ピンだと芸能人オーラがまるでない。かつて同世代芸人から「一般人にもっとも近いお笑い芸人」と呼ばれたほどだ。しかし、家族は華麗なる一族だ。2人目の妻がタレントであるだけではなく、実にセレブリティな人間に囲まれて育った。
父は叔父と同じ「鷺宮製作所」に務めており、有能なエンジニアだった。同社は、14年にTBS系列で放送されたドラマ「ルーズヴェルト・ゲーム」のモデルと言われている。勇退後の97年には、環境活動を主とした「人類生き残り研究会」を発足して、会長に就任した。
母は、歯科医の娘。社会経験がないまま結婚した箱入り娘だ。
「田中裕二さんの兄は、高級ブランドの『ニコル』、パリコレにも参加した『コムデギャルソン オムオム』のデザイナーを経て、10年にオリジナルブランド『KONTRAPUNKT』を立ち上げ。現在66歳で、現役です」(ファッション誌の編集者)
3歳年上の実姉もファッションデザイナー。80年代には「アツキ・オオニシ」や「ピンクハウス」を担当。かつてブームとなった“森ガール”の火付け役のひとりでもある。
さらに、母方の従弟は声優・ならはしみき。現在60歳で、80年代初頭から活動した大ベテラン。「クレヨンしんちゃん」の野原みさえ、「ちびまる子ちゃん」のみぎわ花子ほか、人気アニメに欠かせない重鎮で、声優養成所の講師も務める。
ちなみに、太田は亡き父が有名な建築家。焼肉店「叙々苑」のロゴを作成した。
麗しすぎる田中一家。見かけからは想像できないが、実はお坊ちゃまだったのだ。
(北村ともこ)