大橋巨泉は「やってる本人が楽しそう」/もう一度見たい「昭和の名物司会者」ベスト30(1)

 コンプラだか天ぷらだか知らんが、最近のテレビはつまらん! 不適切な言動1つで揚げ足取られ、炎上、謝罪に追い込まれるのが令和の常識だというから嘆かわしい。それに比べ、昭和に輝いた名物司会者は軽妙トークの裏に猛毒隠し味のクセ者ばかり‥‥。アサ芸恒例1000人アンケートであの名物司会者がズラリ蘇る!

 団塊世代1000人へのアンケートへの「もう一度見たい昭和の名司会者ランキング」は下部の通り。堂々1位に選ばれたのは「はっぱふみふみ」でおなじみ大橋巨泉だ。

 タレントの徳光正行氏がその偉大さを語る。

「みずから企画を持ち込んで制作の段階から番組を作る司会者の元祖。巨泉さんの番組って、とにかくやってる本人が楽しそう。それが見ている側にも伝わってきました。しかも楽しいだけじゃなくて番組終わるまでに、新たな知識が増えたと思わせてくれた」

 司会者としてのスタートは「11PM」(日本テレビ系)から。競馬、麻雀、釣り、ボウリングなど多彩な趣味の楽しさを紹介しつつ、「巨泉・考えるシリーズ」では世界情勢や社会福祉などの硬派なテーマも掘り下げた。

 学生時代に「11PM」の下請けスタッフの一員だった作家の亀和田武氏が現場の雰囲気を証言する。

「スタジオで見かけた巨泉さんは天皇。すでに局のプロデューサーも何も言えない状態でしたね。本番15分前ぐらいまでスタジオに置いてあるグランドピアノで『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』を弾いたり、台本なんかチラッと見ただけで本番開始。ADは『今日の巨泉さん、機嫌よさそうですね』と台本よりご機嫌の方を気にしていた」

 番組では、年下の出演者には呼び捨てかアダ名が基本。ビートたけしは「たけし」、石坂浩二は「へーちゃん(本名・武藤兵吉)」。何でも知っているはらたいらは「宇宙人」、三択が強い竹下景子には「三択の女王」という具合だった。

「『世界まるごとHOWマッチ』(TBS系)は巨泉の漫談が見もの。オチを言った後、受けを気にする巨泉。すべった時に『つまんねぇーな』というリアクションをするたけしを見るのが好きだった」(56歳タクシー運転手)

 ケント・ギルバートなど外国人タレント発掘の先駆者でもあった。毎回金額を安く見積もるチャック・ウイルソンに付けたアダ名は「ケチャック」。巨泉に呼ばれるたびに「俺はケチャックじゃないよ!」と顔を真っ赤に染めて反論していた。

「今の時代、初対面のゲストを呼び捨てにしたら大御所だろうが炎上間違いなし。もしも、令和6年に巨泉さんがタイムスリップしたらSNSで大炎上しようが信念を貫いて呼び捨てにしていると思います」(徳光氏)

 1990年、巨泉はセミリタイヤを宣言。春と秋は日本、夏はカナダ、冬は豪州で過ごし、仕事をセーブ。「クイズダービー」(TBS系)を降板する際、巨泉は後任の司会に徳光和夫(82)を指名した。

「ONから巨人の四番を任された原辰徳の気分じゃないですか。視聴率20%を求められる時間帯ですから。親父の葛藤は相当なものだったと思います」(徳光氏)

 以降、徳光家では海外旅行の際には、「OKギフトショップ」でお土産を買うようになったのだとか。

■もう一度見たい「昭和の名物司会者」TOP30(※1000人アンケート)

1位:大橋巨泉(459票)「野球は巨人、司会は巨泉」で「11PM」は開幕。「はっぱふみふみ」など軽妙なナンセンス造語の数々を産み出した

2位:いかりや長介(273票)「ドリフ大爆笑」の末期は志村けんとほとんど共演せず不仲説も。1985年に「全員集合」終了後はシリアスな演技をする役者にシフト

3位:上岡龍太郎(224票)「ノックは無用!」など主に関西の番組に出演。東京進出は否定していたが、1990年「上岡龍太郎のもうダマされないぞ!」で全国区に

4位:横山やすし・西川きよし(154票)漫才ブーム (1980~1982)以前から絶大な人気を誇った伝説のコンビ。「スター爆笑Q&A」など司会を務めた番組も数多い

5位:山城新伍(153票)東映ニューフェイス第4期生。人懐っこさとたくみな話術を生かし「笑アップ歌謡大作戦」などバラエティー番組の司会に引っ張りだこ

6位:藤本義一(136票)「11PM」で大阪制作分のキャスターを1965年から25年間務めた。1974年「鬼の詩」で直木賞受賞。妻の藤本統紀子もタレントとして活躍

7位:久米宏(133票)TBSアナウンサーを経て1979年フリーに。主な司会は「ザ・ベストテン」「ぴったしカン・カン」「TVスクランブル」「ニュースステーション」

8位:三波伸介(127票)てんぷくトリオ(伊東四朗、戸塚睦夫)で活躍後、1970年「笑点」の三代目司会に。「スターどっきり㊙報告」では初代キャップ

9位:愛川欽也(123票)東映に企画を持ち込んだ「トラック野郎」が大ヒット。70年代後半からは俳優業と並行して「なるほど!ザ・ワールド」などの司会もこなした

10位:土居まさる(109票)文化放送時代のラジオDJで人気を博しテレビの世界へ。「ほんものは誰だ!」「ザ・ガマン」「TVジョッキー」「象印クイズ ヒントでピント」

(つづく)

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