ドラフト史上初の「GT決戦」となった浅野翔吾(高松商)は巨人が交渉権を獲得したが、ドラフト会議当日、巨人サイドから出た育成プランによれば、「1年目から1軍戦もある程度だが経験させて行く」ということだった。
もっとも、浅野の地元・香川県高松市を取材すると、「意外な情報」もいくつか見られた。
「プロ入りを意識してきたので、夏の甲子園大会が終わった後も野球部の練習には参加していた」(地元メディア)という浅野。高松商のグラウンドでは、他の部員に混じって練習を行っていた。
ただ、同校部員は、ユニフォームに着替えた後、グローブなどの野球用具のほかに、タオル、ドリンクなどを入れたケースを片手にグラウンドに向かうのだが、浅野のケースには「シェーバーセット」が…。
「ヒゲが濃いので、1日2回は剃るそうです」(前出・地元メディア)
意外だったのはシートノック。浅野の甲子園大会での背番号は「8」。俊足外野手として守備範囲の広さに、プロスカウトも絶賛していた。しかし、取材時の浅野は「サード」でノックを受けていたのだ。外野ノックも受けていたが、わずかな時間。「感覚を失わない程度」であり、サードでノックを受けている時間のほうが圧倒的に長かった。地元関係者が言う。
「U−18大会後、『サード・浅野』が定着しました。プロスカウトから学校側に『内野も守れますよね?』という問い合わせがあり、プロ入り後、内野コンバートもあり得るのだと解釈し、その準備を始めたんです」
巨人サイドからの「将来的にはセンターを任せたい」との情報もあるが、それは1軍の対戦投手のスピード、変化球のキレに適応できるようになった時の話。顔見せを兼ねた経験の場では、サードを守るシーンもあるかもしれない。
もっとも、浅野にはスローイング・フォームに難があると言われる。U−18大会でチームメイトになった大阪桐蔭・松尾汐恩に指摘され、全体練習後に指導を仰ぐシーンも見られた。
ゴジラ松井は、巨人入りした最初の春季キャンプでブルペン投球を強要されたことがあった。身体能力の高い選手が陥りがちな「力で投げる」スローイング・フォームの悪癖を直すためで、浅野にも同様の指導が予想される。
サードやブルペン投球等々、センターの定位置を獲得するまでの間、浅野は様々な経験をさせられそうだ。