キッシンジャーのほか西側メディアからも出始めたウクライナの「領土譲歩」論

 ヘンリー・キッシンジャーと言えば、60〜70年代に国家安全保障問題担当大統領補佐官や国務長官を務め、「現代外交の生き字引」とか「アメリカ最高の戦略思想家」などと称される歴史的大立者だが、その彼がウクライナでの「戦争終結」を呼び掛けたが、その意味するところがゼレンスキー大統領の反発を招くようなものだったことから物議を醸している。

「5月23日にスイスのダボスで行われた世界経済フォーラムの講演で戦争の終結を提案したのですが、その際『戦争前の状態』に戻すことがベストとの発言がありました。これはつまり、ロシアのクリミア侵攻後のような『領土譲歩』を実質的に意味するものだったことから、25日にゼレンスキーが『宥和政策』だとして非難。確かに現実的な選択かもしれませんが、現状追認で力による現状変更を半ば認めるものでもあって、ウクライナのみならずあらゆる方面から疑問視する声が上がっています」(全国紙記者)

 だがキッシンジャーならずとも、このところ西側の主要なメディアからも同様の論調が持ち上がっている。米ニューヨーク・タイムズが最近になってうった社説では、「苦痛な領土決定」という言葉が用いられていて、これはつまり「領土譲歩」とほぼ同義。英フィナンシャル・タイムズが掲載したコラムでも、終結計画を立てるべきとしているが、暴走プーチンが振り上げた拳の落としどころとしたら、クリミアとウクライナ東部での譲歩以外の選択肢があるとも思えない。

 では他のNATO諸国はどうなのかと言えば、置かれた立場によって様々で、西側も一枚岩とは言えなさそうだ。

「ドイツのショルツ首相はつい先日、『プーチンがこの戦争に勝利することはあってはならない。講和を強要するのを許してはならない』といった言い方をしています。一方、ウクライナを間に挟むのみでロシアに対峙するポーランドのドゥタ大統領になるとかなり強硬で、『領土の1センチも渡してはならない』としています。1センチも渡さないのが理想なので、両者の発言だけでも温度差があります」(同)

 だがもともとキッシンジャーは、現在のウクライナのように親ロシア派の地域とそうでない地域に分かれることになった、2014年のマイダン革命(キーウの独立広場=マイダンで行われ親欧派のデモをきっかけに親ロ派大統領の追放に繋がった騒擾事件)があった頃から、ウクライナの「フィンランド化」を訴えていた人物。だから今回の発言も従来からの持論を展開したまでとも言える。またアメリカ国内では、国際オピニオン雑誌として有名な『フォーリン・アフェアー』で、3月には「ウクライナの中立化」が議論されたことがある。

 現状を見れば、戦況は一進一退の攻防をみせる一方、ロシアがウクライナの海岸部を抑えていることで、小麦粉の輸出が滞って世界的な食糧不足が進行しつつある。そこへきてこういった譲歩的な意見が散見されるようになったのも、結局は現実政治は大国的な思惑が優先される「空気」が流れ始めたということか。

(猫間滋)

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