ある「地下アイドル」の告白(1)採用後わずか半年でクビになる闇

 嚆矢は2016年5月のいわゆる「小金井ストーカー殺人未遂事件」に当たるのかもしれない。東京都小金井市のライブハウス前で、当時27歳の男が20歳の女子大学生を刺したという事件だ。言ってみれば典型的なストーカー犯罪だったこの事件が、単なるストーカーの凶行とは違った意味で注目を集めたのは、20歳の女性が“アイドル的な”活動をしていたことだ。

 自前のアイドル活動、つまりこの女性は「地下アイドル」として活動していたのだが、今や「地下アイドル」という言葉を普通に聞くようになった。一方で地下アイドルを巡るトラブルも増えている。
 
 2018年3月には、愛媛県松山市を中心に「ご当地アイドル」として活動する16歳の少女が事務所と様々なトラブルを抱える中、自死するという痛ましい事件が起こった。同年10月には遺族が事務所側を相手に裁判を起こしたため、全国的なニュースにもなった。
 
 昨今の地下アイドルブームを考えれば、こういったトラブルが今後も起こることが予想される。

「地下アイドルは100人強、地下アイドルファンも100人強」

 自身が地下アイドルである姫乃たまさんは、著書『職業としての地下アイドル』でこのように記しているが、この本が刊行された2017年当時より地下アイドルの数は爆発的に増加しているように思える。

「いったい地下アイドルってどれくらいいるんでしょうね。その辺を歩いている人のかなりの人がそうなんじゃなかって思うようになりました」

 そう語るのは、やはり自身も地下アイドルの千葉ライカ(仮名・21歳)さんだ。いや彼女の場合、「元地下アイドル」というのがより正確なのかもしれない。

「去年の6月から30人からなるアイドルユニットをやっていました。でも、わずか半年たらずの去年一杯でクビになりました」

 クビは突然だった。

「それまでも事務所の方針でどんどん人数は減っていたんですが、最終的には選抜組5人を残して、新たに何人かをオーディションで加えて少ない人数でやっていくということでした。クビの理由ですか? それだけです。ちゃんとした理由なんて説明してくれない。私の場合はそういう事務所の在り方に反抗していましたから、当然と言えば当然の結果とも言えるんですが」

 ライカさんのユニットだけで一時は30人を数えた。となれば、今や“100人”などという数字は優に超えてしまう。地下アイドルばかりが集うライブハウス活動では実に様々な地下アイドルと遭遇してきたとライカさんは言う。
 
 ウィキペディアによれば、地下アイドルは最近ではライブアイドルとも呼ぶようだ。マスメディアへ出るよりもライブ等を中心に活動するアイドルとのこと。80年代までのアイドル全盛時代が90年代に入ると芸能メディアの主役はJポップに取って代わられ、90年代後半から復活の兆しが芽生えたとされる。SPEEDの登場、オーディション番組の「ASAYAN」(テレビ東京系)からモーニング娘。が生まれたからだが、かつてのアイドル歌謡を歌うアイドル像とは確実に異なるアイドル像が定着しだした。

 2000年代に入るとさらに秋葉原を拠点としたライブアイドル色が強いAKB48が現れ、この流れが決定的となる。「会いに行けるアイドル」。必ずしも特別な容姿を持つわけではない、どちらかというと普通な女の子が劇場でライブ活動を行い、ファンとしては握手や触れ合いが容易に行える……。現在の地下アイドルはこのAKBの活動内容をそのまま踏襲する形で行われている。AKBの登場が、現在の地下アイドル・バブルを用意した形となっているのだ。

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