怪談作家や漫画家など、さまざまなジャンルの文化人を取材することも多いライター兼イラストレーターの村田らむ氏。あるアーティストの男性に聞いたのはお遍路にまつわる話だった。その彼が旅の途中で出会ったという青年から、“怖い話”を聞いたというのだが…。
Apsu Shusei(アプスー・シュウセイ)さんは世界でも珍しい文様作家だ。非常に緻密な文様を紙や石、靴などに描き出す。
そんなアプスーさんは16歳の時に四国八十八箇所巡礼の旅に出た。高校を中退したのち、2ヶ月かけてお遍路をしたという。
その旅の中では、かなり印象深い人との出会いもあったという。
「お遍路をしていると、お遍路さん同士でしばらく一緒に旅をすることがあります」
ある時出会ったのは20代の若い男性だった。お互い若い人に会うのは久しぶりで、気が合った。
「彼は水彩画を描く人でした。動物たちに囲まれているお遍路姿の自分自身を描いていました。絵の横には、とても明るく、ポジティブな詩を書いていました」
絵からは、彼の優しさが伝わってきたという。
一緒に野宿をした時に、彼の身の上話を聞いた。その男性の家は非常に家族仲が悪かった。常に居心地の悪さを感じる彼の唯一の味方は、飼っている動物たちだったという。犬、猫、ハムスター、トカゲ、ヘビなど様々なペットを飼っていた。
そんなある日、男性は実家にいることに耐えられなくなり、巡礼の旅に出た。彼はそれ以来ずっと旅を続けているという。
「お遍路さんを何周も続ける人はいます。ただ、不思議に思ったのは『家族仲が悪いのに、家族のもとに動物たちは置いてきたのだろうか?』ということでした」
アプスーさんがそう聞くと、男性はまっすぐアプスーさんの目を見ながら、
「食べたよ」
と答えた。そして、どのようにかわいがっていたペットたちを食べたかを説明してくれた。
「食べなきゃ彼らは生きられない。彼らは僕の中で今も生きていて、一緒に旅をしてるんです」
と満面の笑みで話してくれたという。
絵に描かれた動物たちは、全て彼が飼っていて、彼が食べたペットたちだったのだ。
「その時は、不思議と全然怖いと思わなかったんですよね。こういう愛の形もあるんだ、と思いました。それを否定することもできませんでした」
その出会いが16歳のアプスーさんに強い影響を与えたことは想像に難くない。
様々な出会いがあるのが旅の面白いところだし、また少し恐ろしいところでもある。
(村田らむ)