「黄砂がコロナとやってくる!」北朝鮮に“国家存亡”の緊急事態【全文公開】

 コロナウイルスの世界的な流行に一線を画していた北朝鮮。みずから鎖国体制を敷き、外部との接触をシャットダウンしていたやさき、今度は「黄砂によるコロナの大流行」を懸念して全土に外出制限を呼びかけたのだ。日本や韓国にも毎年飛来する「黄砂の脅威」で緊張高まる北朝鮮の今に迫った!

 あまりにも突然のニュースだった。北朝鮮の国営テレビは10月21日、次のように報じたのだ。

〈黄砂が新型コロナウイルスを運んでくる恐れがあるので、国民は外へ出ないように。翌22日に黄砂が飛来すると警告するとともに、屋外での建設作業を全国的に禁止すること。夜間外出を控えるように〉

 その翌22日には、朝鮮労働党の機関紙である「労働新聞」でも、最大限の警戒を呼びかける記事を掲載。

「我が国の全地域で22日、黄砂注意報が発令された。(中略)黄砂が22日の明け方、平壌北部から始まり、午後には全地域に影響を与えると予想される。悪性ウイルス感染病を防ぐため非常防疫が強力に行われている現状下では、自然現象だとはいっても最大の警戒心を持って対応することを求める」

 これにより、ふだんは夜でもにぎやかな平壌の街から、人々の姿が消えてしまったという。まさに「コロナに備えた非常事態宣言」とも言わんばかりの情勢なのだ。北朝鮮に詳しいジャーナリストが語る。

「実は北朝鮮は世界でも屈指の新型コロナの防疫体制を敷いている。今年の1月下旬には中国との国境を閉鎖しました。知り合いが2月に仕事で北朝鮮へ行った時に、2週間ホテルで隔離されていました。今では世界的にも当たり前の対応ですが、日本でもまだ危機感が薄い時期に、ここまでのコロナ対策をしていたのは、北朝鮮ぐらいではないか。しかも北朝鮮はコロナの感染者はゼロだと公式的にも対外的にも宣言しているほどで、実際に国家を挙げてコロナ対策に取り組んだことから、猛威を振るっているという情報は耳に入ってきません」

 北朝鮮にとってコロナの流行は国家の存亡にも関わる緊急事態と位置づけられ、移動の制限や国境の封鎖、貿易の停止といったエキセントリックとも言える措置で対応。周辺国と外交問題に発展するトラブルを起こすほど国内での流行に危機感を募らせているというのだ。朝鮮半島事情に詳しい東京新聞論説委員の五味洋治氏が解説する。

「実は北朝鮮が最も警戒しているのは、国境地帯を行き来する越境者の存在です。そこで北朝鮮当局は2カ月ほど前から、越境者については『射殺してもかまわない』という異例の通達を国境警備の部隊に命じたほどです。そのやさき、9月22日には韓国の漁船乗組員が北朝鮮の領域に入ったとして海上で射殺・焼却され国際問題に発展しましたが、これもコロナの防疫体制を強化していた北朝鮮側による衝突事件だった。1人でもコロナ患者が流入することを危惧して、水際対策を強化しているんですよ」

 韓国人射殺事件と、今回の黄砂による警戒報道。この点と点を結ぶキーワードが、北朝鮮のコロナ対策にはあった。外信部記者が語る。

「北朝鮮の厳戒ぶりを示すデータとして9月に発表された、世界保健機関(WHO)の報告は驚くべきものでした。7月19日に3年ぶりに韓国から北朝鮮・開城市に海を泳いで戻った元脱北者がいた。この人物から新型コロナウイルスの症状が見られたことで、すぐに隔離。直後の24日には開城市全土を完全封鎖する処置をとったといいます。結果的にこの脱北者は陰性でしたが、濃厚接触者とみられる3635人のほかトータルで4380人を隔離して40日間も封鎖した。最終的にWHOは開城でコロナ患者は発生しなかったと結論づけていますが、開城といえば工業団地でも知られる北朝鮮国内でも有数の製造現場。そこを40日間も封鎖すれば、経済的なダメージは計り知れない。それでも金正恩政権が踏み切ったのは、それほどの危機感があるからにほかなりません」

 なぜそこまで金正恩は、コロナ対策に敏感なのか。北朝鮮情報専門サイト、デイリーNKジャパンの高英起氏が明かす。

「北朝鮮にとってコロナの蔓延は、医療体制が劣悪な中では社会不安につながりかねず、ひいては金正恩体制を揺るがす事態に陥りかねない。過去に北朝鮮はSARSとMERSの流行で経済的にダメージを受けてきたこともあり、ことさらコロナの流行に神経をとがらせているのです」

 しかも今年9月、朝鮮半島には想定外の大型台風が3つも襲来。北朝鮮も甚大な被害を受けている。にもかかわらず、海外からの人道支援を拒絶するなど、コロナ対策を国家の最優先課題にしているだけに、「黄砂によるコロナ危機」は、国内を引き締めるためには「格好のニュース」だったのだ。それだけではない。五味氏によれば、

「金正恩には基礎疾患があるので、人一倍ナーバスになっています。19年に米トランプと板門店で会談している現場をFOXテレビ記者が見ていたのですが、金正恩は異常なまでに『ゼーゼー』と呼吸音をさせていたと。心疾患で以前は海外から医者を呼んでいましたけど、今のコロナの状況では北朝鮮の水準でしか医療を受けられない。となると生命の危機に直結しますから、金正恩の健康問題ひとつとっても、かなりの不安材料に違いありません」

 さらに、これまで自国民に対して閉鎖的だった北朝鮮のニュースもここにきて、大きく変貌を遂げている。ジャーナリストが証言する。

「ここ1、2年で目に見えて北朝鮮の報道姿勢が変わりました。基本的には国営メディアしか存在しない北朝鮮ですが、まるで西側諸国のような報道をするようになりましたね。例えば、9月の台風襲来の時に初めてレポーターによる現場中継が行われた。今までの報道では考えられなかったことで、現場の悲惨な状況もあえて伝えるようになりつつあるんです。また金正恩のイメージ戦略も変化しつつあります。10月10日に行われた党創建75周年軍事パレードで演説をした際には、金正恩が涙ぐむ姿も隠さず国民に伝えました。これは画期的な事態で、国民に隠さないという点では、今のネット時代に合わせたのではないか。今回の黄砂ニュースもあえてネガティブな情報を流し、コロナへの注意を喚起したいという思惑が見え隠れしますね」

 実際、黄砂がゴビ砂漠から1900キロ離れた朝鮮半島にコロナウイルスをもたらす可能性は低いと言われる。だが一方で、同盟国である中国への牽制の狙いもあると、五味氏は指摘するのだ。

「具体的には中国への当てつけですね。そもそもコロナウイルスの発生源は中国ですから。これだけ迷惑を被っているので無償で支援をしてほしいというアピールかもしれません」

 さらには「黄砂によるコロナ襲来」を北朝鮮一流の「瀬戸際外交の一環」だとも五味氏は結論づけている。

「黄砂を材料に中国にアピールする北朝鮮は今後、日本にも瀬戸際外交を持ちかけてくる可能性は十分にあります。経済制裁とコロナの影響で窮地とも言える状況下の北朝鮮は何をするかわからない。日本には沈黙を守っていますが、北朝鮮のコロナ対策についても、何らかの交渉を日本側に持ちかけてくるかもしれない」

 だが、医学的なエビデンスはあるのか。西武学園医学技術専門学校東京池袋校校長・中原英臣氏に話を聞くと、

「黄砂に乗ってコロナウイルスが来る可能性はゼロではないですね。ただ、医学的には飛沫感染でうつるのが主です。また、中国ではもう以前よりコロナウイルスがはやっていないということもあり、黄砂が原因で感染拡大というのは考えにくいと思いますよ」

 はたして北朝鮮によるプロパガンダか、それとも新たなコロナの感染経路なのだろうか。

ライフ