江上剛が選ぶ「今週のイチ推し!」新聞記者の素晴らしさを実感 枠を超えた活躍に感動した!

 本書は、著者のジャーナリスト人生の集大成とでもいうべき内容であり、この職業が、いかに幅広く、影響力があり、面白いかをたっぷりと教えてくれる。新聞人、マスコミ人、そして、ジャーナリスト志望の若者に勇気を与える書である。

 著者は、父親が記者だった影響から1967年、毎日新聞に入社する。幼い頃から新聞に興味があり、大学時代も学生運動をやりながら新聞を発行していたくらいだから、新聞記者以外の選択はなかっただろう。

 著者が労組幹部として毎日新聞再建に奔走したことなど興味深い話が多い中、私が感動したのは、新聞記者の仕事は、ニュースを記事にするだけではないのだと知ったことだ。ワシントン特派員となった著者は、日米貿易摩擦の取材中、自動車の街ミシガン州・フリント市の市長から、日本企業誘致の協力を依頼される。著者は、市長の要請を受け入れ、市の苦境を記事にするだけでなく、企業誘致のノウハウを伝授し、かつ市民の前で市民を勇気づける演説をやってのけた。記者という枠を超えた活躍である。

 遂に幹部への道を選ぶか、現場に留まるかの選択の時期を迎える。著者は悩んだ結果、フリーの道を選択する。それからの活躍は多くの人が知る通りだ。

 著者は、ジャーナリストには地面を這いつくばる「虫の目」、世界を俯瞰する「鳥の目」、歴史的意味を考察する「歴史の目」が必要だと言う。この3つの目があるからこそ、ジャーナリストは権力者の横暴や不正をチェックできるのだ。

 現在、新聞の発行部数が急減している。00年には約5371万部だったが、23年10月時点で、約2860万部とほぼ半減した。新聞は、優秀なジャーナリストを育成する機関としての役割を担っていると思う。新聞の惨状を放置すると、ジャーナリストが、いなくなってしまうのではないだろうか。

 著者も現状を憂いて「かつてのようなジャーナリズム精神が衰え、覇気がなくなってきたような気がする」と言う。ノーベル経済学賞を受賞、アセモグル氏とロビンソン氏の共著「国家はなぜ衰退するのか」は、ジャーナリストの権力批判が、健全な民主主義を育てると書いている。中国、ロシアなどでは、ジャーナリストの権力批判は許されない。私たちの日本でも油断すると、同じようになりかねない。

 最後に伝えたいのは、著者が30年も関わり合っている「日本ウズベキスタン協会」の話である。この国を代表するオペラハウス「ナボイ劇場」はソ連(現ロシア)の捕虜となった日本兵たちが心血注いで建設したものだ。このエピソードが詳しく書かれている。この箇所は、涙なくして読めない。

《「私のジャーナリスト人生 記者60年、世界と日本の現場をえぐる」嶌信彦・著/1870円(財界研究所)》

江上剛(えがみ・ごう) 54年、兵庫県生まれ。早稲田大学卒。旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)を経て02年に「非情銀行」でデビュー。10年、日本振興銀行の経営破綻に際して代表執行役社長として混乱の収拾にあたる。「翼、ふたたび」など著書多数。

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