「原付」「原チャリ」「ゼロハン」「50㏄スクーター」‥‥、70年代後半から80年代にかけて大ブームを巻き起こしたのが「原動機付自転車」。来年11月から施行される排ガス規制で、ついに生産終了へ! 俺たちの〝高校デビュー〟を飾った懐かしの名車に郷愁ライド・オン!
76年、「ラッタッタ」のCMで一世を風靡したホンダ・ロードパルは車体価格も新車で5万円台から。他の機種も中古なら2〜3万円という非常にリーズナブルな価格で手に入った原付バイク。その手軽さからメインユーザーは高校生から主婦層までと幅が広かった。バイクライターの中村浩史氏が、当時の原付トレンドを解説する。
「16歳になったら免許を取って原付に乗ると、自転車よりも行動範囲が比べ物にならないくらい広くなる。それも自分の力で。いわば大人になる通過儀礼でしたね。77年に発売されたロードパルやヤマハのパッソルは、ソフトバイクと呼ばれていた主婦層向けがターゲット。その後にヤマハのJOGやスズキのHi、ホンダのDJ・1などスピードを重視したスクーターが続々と発売されたんです。60キロ規制(83年9月)でリミッターが付いたんですが、それは電気配線だけで簡単に解除できた。初期の原付にはリミッターなんかなかったですからね。大きなギア付きのバイクに乗れない子たちは、リミッターを外した原付に乗るという感じ。あとはチャンバーですよね。チャンバーを付けることによってエンジンの感じも変わりますし、パワーの盛り上がりというか力こぶができる。まあ、流行りですよね。『お前、チャンバーも付けてないのか!』みたいに言われましたから」
パッソルのCMでスカートのまま運転し「腰かけて美しく乗れるんですよ」と語りかけたのは、永遠の清純派女優・八千草薫だった。
仕事でパッソル、ユーディミニ、バーディーを使いこなし、普通免許を取るまでの足としてモンキー、ダックス、薔薇に乗っていた道頓堀プロレスのリングアナ、マグナム北斗氏は言う。
「八千草薫のおかげで主婦ユーザーが増えたけど、おばちゃんたちは平気で歩道を走るからね。交通ルールを知らないと無敵やで。70年代の終わり、憧れの存在だったのはイタリア製のベスパ。ちょっと前の世代だと映画『ローマの休日』(53年)でしょ。俺たちの世代は『さらば青春の光』(79年)でベスパにミラーとライトを付けまくってたのを見て、ホンダのタクトにライトを付けまくってる奴もいたよ。そうするとバッテリーもたへんけど。ダメ押しは松田優作の『探偵物語』(79年)。ベスパに憧れたものの、さすがに30〜40 万円は高くて買えなかった。そんなに出すんだったら中古車を買うよと思ったね」
「探偵物語」の影響でいまだに根強い人気を誇るイタリア製のベスパ。当初、松田優作は、演じる工藤俊作の愛車にハーレーダビッドソンをイメージしていた。「ハーレーでは乗り降りに時間がかかりすぎる。ベスパがいい」という盟友・岩城滉一(73)の助言を採用してベスパになったのだ。
(つづく)