2014年に打ち上げられた中国の月探査機「嫦娥5号」。この打ち上げに使用されたロケットのT1ブースターが、今年3月、月に衝突する恐れがあることが米航空宇宙局(NASA)によって発表され、世界の天文学界に衝撃が走っている。
当初、月面衝突が予想されたのは米スペースX社が15年に打ち上げた「ファルコン9」の2段目ブースターだとされていたが、これを発見した天文学研究者のビル・グレイ氏が誤りを認め修正したという。
「これまでにも、役割を終えた探査機を月面に落下させることはあり、日本の『かぐや』も09年、月面へ落とされました。しかし、今回のように意図せずに人工物が月面に衝突するのは異例のこと。当初、この予測を発表したビル・グレイ氏の計算によれば、衝突は2022年3月4日の12時25分58秒(協定世界時)で、衝突時のスピードは秒速2.6キロメートルというもの凄い速さで、衝突によって直径約19メートルほどのクレーターが生じると予想されています。つまり、またもや人類が開発したロケットが月に穴をあけ、大きなゴミを残してしまうということになるわけです」(科学ジャーナリスト)
過去にも人類が開発した人工物を、実験のため月へ衝突させた事例は複数回あるが、
「古くはアメリカのアポロ計画で、爆薬やロケットブースターを月面に衝突させ、月面に設置した地震計で月震を観測する実験が行われましたし、NASAの無人探査機によるミッションでも、人為的にクレーターを作り出すため、人工物を衝突させるといった作業が幾度となく行われてきました。ただ、人工物の落下による最大の問題は生物学的汚染で、宇宙探査ではこの『惑星保護』が最重要課題なのです」(同)
「惑星保護」とは、探査の対象となる天体に対し、地球から微生物や生命関連物質を持ち込まず汚染させないこと。また、対象天体から帰還する際に、地球外生命や生命関連物質などを持ち帰らないことだという。
「実は、2019年に月面衝突したイスラエルの月探査機内に『数千匹のクマムシ』が乾燥状態で格納されていました。クマムシは真空状態で何十年も生きられるため、問題にされたことがあります。今回、月に墜落する『嫦娥5号』の場合、打ち上げから8年が経過しており、地球からの微生物による生物学的汚染のリスクは小さくなっているでしょうが、ゼロではないはず。仮にロケットの中で地球からの生命関連物質が生息していた場合、月が汚染されることも考えられます。月にゴミを捨てるという問題だけではないのです」(同)
「月旅行」が現実味を帯びてくる中、人類が担うべき課題はまだまだ大きい。
(灯倫太郎)