マスコミの常識が世間の非常識ということは意外に多い。先日もネット上では、「なぜメディアは料理の代金を払わないのか」という見出しの記事が関心を集めた。
事の発端は6月17日、秋田県の飲食店のオーナーが、店の取材時に飲食代を支払わない一部メディアに、苦言を呈するツイートをしたことから始まった。以下はそのツイート(原文ママ)である。
「取材について疑問に思うことがある 今朝も取材申込みがあって不思議で仕方ない TVや新聞は言わなくても撮影した料理に支払いして帰る 秋田の雑誌やウェブサイトは当たり前のように支払わないで帰る 経費で落とせばいいのになんで? 撮影した料理で商売するのに原価分すら払わないのはなんで?」
この飲食店オーナーは「次から食べ物に関してはお金を払わない取材は拒否します」と憤りを露わにしているが、ネット上でもこうしたメディアの姿勢に、《例え取材とはいえ出されたものに対価を払うのは当然》《代金未払いは無銭飲食と同じ》《相変わらず殿様商売のマスコミ》などと批判の声が集まっている。
とはいえ、そもそも今回の騒動では、飲食代を支払わないことが媒体の方針だったのか、それとも下請けのライターや編プロの判断だったかどうかは定かではない。しかし、グルメ系ライターは、こうしたことは業界の一部では見られることだと、溜め息混じりに語る。
「さすがに大手メディアはあまりそういうことはありませんが、特にローカル系のWEB媒体の中には、予算がないため取材代をケチるところもあります。しかも悪質なメディアの場合、店へのアポどりも外注のライターに丸投げするので、結局私たちがお店側と『飲食代は出せないんです…』と交渉しなければなりません。本来ならそれは編集者の仕事であるのにかかわらずです。おそらくは無料で取材させてくれるお店も多いので、これまで問題にされてこなかったのでしょう」
近年はSNSが普及し、マスコミの情報発信力の優位性が落ちてきている中で、料理の対価を支払わずに帰ったとなれば、SNSで炎上しそうなことぐらい想像できそうなもの。一部のマスコミでは何年も昔の慣習のまま、それがリスクであることにすら気づいていないのだろう。
しかし、こうしたリスクは全国メディアにもある。なぜなら、飲食代などの「取材費」とは別に、取材先に「謝礼」を支払うかどうかも媒体や編集者によって方針が異なるためだ。
たとえば雑誌記者があるケースを明かすには……。
「私は雑誌記者を30年以上続けてきましたが、取材先に謝礼を支払ったことは今まで一度もありません。もちろん、メディアからの謝礼や出演料などで生計を立てている文化人や、芸能人の方にはお支払いしてもいいと思いますが、基本的に金銭の受諾が発生することはジャーナリズムの精神に反します。記者と取材先は常に対等の関係であるべきであって、もし謝礼を求めるのなら初めから取材を受けなければいいだけの話。それに取材を受ける側は、記事化することによって自身のPRにつながったり、世の中に広く訴えたいことがあったりするものですから、それが対価という考え方もできます」
一方で、あるWEB系メディアの編集者はこう話す。
「現実問題として、他の媒体が謝礼を払っているのにうちだけ払わなければ、誰も取材を受けてくれなくなります。それにたとえば、謝礼額を5000円と明示しておけば、後々に金銭を巡ってトラブルになることもありませんし、最初から謝礼額に満足できない人は取材を断ってくるので、無駄な時間をかけずに効率よく仕事を回せます。そもそも取材時間をとってくれた対価として謝礼を支払うのは大人として当然のこと。飲食店が食材を仕入れるのと同じように、取材先が持つ情報(素材)を仕入れなければ書けない記事はたくさんあります。いいコンテンツを作るにはお金がかかるものです」
マスコミと取材先との間に大きな隔たりが生まれやすい「取材費」と「謝礼」の問題。媒体ごとにグレーゾーンだった業界の“恥部”に、そろそろメスを入れるときがきたのかもしれない。
(道明寺さとし)