テレビ史に残る「戦慄シーンをナマ実況」(1)三浦和義と良枝夫人の文才

 コンプライアンス!? とやらでがんじがらめの令和のテレビ放送。おまけに予算は削減、スポンサーの顔色をうかがうばかりで視聴者の心に爪痕を残すパワーを失った。その点、昭和のテレビはノーブレーキ! 炎上上等とばかりに治外法権の突撃取材で高視聴率を叩き出した。「シリーズ昭和」空前絶後のナマ中継!

 まさに「劇場型犯罪」としてメディアを巻き込んだ騒動となったのが、ロス疑惑だ。80年代初頭、アメリカ・ロサンゼルスで起こった銃殺・傷害事件に関して故三浦和義氏にかけられた一連の疑惑を当時のワイドショーは連日、執拗に追い回した。

 当時、深夜番組「ミッドナイトin六本木」(テレビ朝日系)の司会を務めていた際、三浦氏と対談していた作家の亀和田武氏が回顧する。

「なかなかふてぶてしくて面白いヤツ。奇妙な魅力がありましたよ。三浦氏がマガジンハウスの雑誌『ブルータス』の連載『三浦探偵事務所』を始めたのが85年6月。同年9月11日に捕まるまで3カ月ぐらいコラムを書いていた。内容は自分がどういう少年時代を過ごしてきたか、虚実ないまぜでね。ずいぶん話を盛ってるなと思いましたけど、味のある面白い文章だった。あの頃、『ブルータス』は最先端オシャレ雑誌で、執筆陣は浅葉克己に栗本慎一郎に大滝詠一、景山民夫、小林信也、久保田二郎、中上健次などといった豪華メンバー。小黒一三という名物編集者が毎回三浦氏を一週間ぐらいホテルに缶詰にして、口述筆記じゃなくちゃんと書かせてましたからね。文才があったんですよ」

 三浦氏は逮捕を予感していたのか、愛車であるTバールーフ付きのフェアレディZにはあらかじめ同乗者がいて、車内の様子を撮影させていた。大勢の取材陣に囲まれ三浦氏の愛車は身動きが取れなくなり、そこに現れたテレビカメラを前にして緊張気味の刑事が数人。「開けてくれ」とガラス窓をノックする。三浦氏は冷静に「警察手帳を見せてください」と要求し、手帳を確認すると、落ち着き払った態度で刑事たちに連行されていった。

「そういう時の肝の据わり方ですよ。潜り抜けて来た修羅場の数の違いといいますか」(亀和田氏)

 三浦氏は女優で映画プロデューサー・水の江瀧子の甥。顔がそっくりなため水の江の隠し子という噂もあり、子供の頃から芸能界に出入りしていた。

 水の江が発掘した石原裕次郎主演の映画「喧嘩太郎」で裕次郎の少年時代を演じた過去もあった。

 道頓堀プロレスのリングアナ・マグナム北斗氏は、三浦氏を囲むサブキャラと遭遇した時のことを振り返る。

「恵比寿に朝の10時までやってる屋台の居酒屋『おゆき』って店があったのよ。そこで飲んでたら、狭い道にポンティアックファイヤーバードトランザムが突っ込んできた。そこから降りて来たのが三浦良枝さん。すでに酔ってたよ。完全に飲酒運転だけどね。俺の横に座ってくだを巻きだしたわけや。『ワイドショーで有名になったから本を出せば売れると思ったんだけど、全然売れない。お兄ちゃんにもあげるよ』と著書の〈ドラキュラの花嫁〉という自叙伝をくれたんですよ」

 稀代のダークヒーローコンビは、共に文才があり、大のゴージャスカー好きだった。

(つづく)

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