円安の影響でインバウンド客が後を絶たない中、日本のファーストフード店でも慣れた手つきで美味しそうに丼物を頬張る外国人の姿を見かけるのが当たり前になってきた。
そんな中、丼物の定番として人気なのが、低価格でボリュームのある牛丼だ。7月29日現在、日本を代表する牛丼3社の価格(店内税込)は、同日に値上げした吉野家で牛丼並盛498円、すき家(同430円)、松屋(牛めし並盛430円)と、ラーメン1杯1000円する時代にあって外国人観光客にとってはなおさら低価格と感じることだろう。
だがしかし、10年前の価格は3社ともにすべて300円以下。つまり、この10年で1杯の価格が5割近く値上がりしてしまったことになる。フードジャーナリストが語る。
「もちろん人件費や石油の高騰による光熱費上昇もその背景の一つであることは間違いありませんが、とはいえファーストフードで5割も値上げしたという商品は珍しい。その原因とされるのが、中国との牛肉の争奪戦で、それが『牛丼』価格の値上げに直結していると言わているんです」
牛丼で使用されているのは、牛のバラにあたる「ショートプレート」だが、この部位は脂身が多いためステーキ好きのアメリカ人には好まれず、結果、その大半がハンバーガーのパテなどに混ぜて利用されていた。そこに着目した吉野家が独自ルートを作り、ショートプレートを牛丼の食材として利用し大ヒット。これに他社が追随することになったわけだが、
「近年の地球温暖化を受け、米国の多くの地域で干ばつが起こり、農業に影響が出るようになった。牛は牧草を食べて育つため、干ばつが続けば当然餌もなくなり生育状態が悪くなる。結果、牛の数そのものが減ってしまったことで牛肉の値段が高騰。ショートプレートも例外ではなく、加えてそれが奪い合いになり、牛丼の価格に反映することになってしまったというわけなんです」(同)
ただ、かつての中国人は牛肉より豚肉を好んで食していたため、当初はさほどの影響はなかったという。しかし、中国人がインバウンドによる観光や、日本の牛丼チェーンによる中国出店で美味さを覚えたあたりから状況が一変。中国企業によるショートプレートの爆買いが始まり、あっと言う間にアメリカ市場でも同部位が品薄の状況に陥ってしまったというのである。
「日本における牛肉の食糧自給率は約4割。あとの6割は海外からの輸入に頼っている状況です。海外の輸入元にしても、単純な話、10トン買ってくれる国より1000トン買ってくれる国や企業を大事にするのは当然のこと。中国の人口を考えれば日本が太刀打ちできるはずもなく、結果としてアメリカだけでなく、世界中から牛肉のショートプレートが中国へと大量に流れているという異常な状況が出来上がってしまったんです」(同)
なお、中国による牛肉爆買いの影響は日本の牛丼だけに留まらず、牛肉消費大国の北米やアルゼンチンでも、品不足による価格高騰が大きな問題になっているという。
「アルゼンチンはアンガス牛で知られますが、その輸出先の7割が中国。同時にアルゼンチンは自国でも一人当たりの牛肉消費量が世界トップクラス。にもかかわらず、中国向け輸出があまりにも増え続けたことで、国内でも牛肉価格が恐ろく高騰。その状況に不安を募らせた大統領が、一時輸出禁止措置に踏み切ったことはよく知られる話です。今後も地球温暖化が続く限り牛の頭数は減り続けることになるため、対中国との奪い合いが続くことになるでしょうね」(同)
庶民の味方として長年愛されてきた牛丼。「安くて美味い」というフレーズも、遠い昔の話になってしまうかもしれない。
(灯倫太郎)