「38人の候補者が死亡」メキシコ初の女性大統領誕生ウラで蠢く麻薬組織の実態

「私たちは、メキシコが平和的な選挙を行う民主的な国であることを証明した」

 6月3日未明(日本時間3日午後)、メキシコ大統領選挙で勝利し、10月1日付で初の女性大統領になることが決まったクラウディア・シェインバウム氏は勝利演説で、そう力強く述べた。

 シェインバウム氏は、与党・国家再生運動(MORENA)に所属する前メキシコ市長。気候科学者というユニークな肩書を持つが、今回の選挙では野党候補のソチル・ガルベス上院議員と一騎打ちし、60.7%というメキシコ民主主義史上最高の得票率で勝利。彼女に対する国民の期待の高さが伺える結果となった。メキシコ事情通の話。

「今回の選挙は現職のロペス・オブラドール大統領の任期満了に伴うものですが、同氏は政策に貧困の解消を掲げ、実際、わずかではあるものの低失業率を実現してきた人物。シェインバウム氏も基本、現大統領の政策路線を継承する方針ですが、メキシコにおける最大の問題が、悪化の一途をたどる治安をどう立て直していくかということ。シェインバウム氏も公約には治安改善を掲げてはいるものの、選挙戦では具体策が示されなかった。そんなことから今後は、組織犯罪グループからの妨害や脅しなどが始まることは間違いありません」

 周知のように、麻薬カルテルがはびこるメキシコでは近年も殺人発生件数が増加傾向にあり、その数は毎年1万件とも2万件とも言われる。そして、麻薬カルテルが金と脅しで意のままに操っているとされるのが、地方議員や地方の役所職員たちだ。

「麻薬組織にとっては、自分たちに都合のいい癒着議員が選挙で落選してもらっては困る。そのため、今回の上下両院選や地方選でも『立候補したら殺す』といった脅迫から、実際に殺害するというケースもあり、現地メディアでは38人の候補者が死亡したと報じています」(同)

 メキシコ紙「ユニベルサル」によれば、今回の選挙戦での候補者への脅迫は800件超。候補者が実際に襲撃、誘拐、殺人の標的となったケースは321件もあり、中には投開票日の6月2日、なんと投票所内で殺害されるという驚くべきケースもあったと伝えている。

「信じがたいことに、この数はまだ少ないほうで、2018年7月に行われた大統領選、連邦議会選、地方選の投票前には、なんと133人の政治家が麻薬カルテルにより殺害されたことが明らかになっています。犠牲者の大半は地方議員で、立候補者48人中、うち28人が予備選期間中、残り20人が本選期間中に殺害され、結果、最終的に残った連邦議会選の候補者は1人だけ。この状況で選ばれた人物を議員と呼べるかどうかは甚だ疑問ですね」(同)

 この選挙で当選した現職のロペス・オブラドール大統領は、麻薬カルテルとの戦いには積極的に着手せず、雇用や年金拡充などポピュリスト政策に軸に置き、貧困層を中心に高い支持率を維持してきた。そして、後継のシェインバウム氏もその政策を継続していくというのだが…。はたして新大統領が麻薬カルテルに及ぼす影響やいかに。メキシコ国民の視線が10月就任の初の女性大統領に注がれている。

(灯倫太郎)

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